お見合い結婚狂騒曲
『見合い屋』は駅ビルの二階にある。それに隣接するように建っているのが、私の勤め先のある味食ビルだ。

味食ビルは地下二階、地上十階のビルで、六階までが味食調理師学校、七階が独身寮、八階と九階がファミリー世帯の住居、十階が味食家族の住まいとなっている。私はこの独身寮に住んでいる。

私の生活圏は……悲しいかな、この二つのビルだけと言っていいだろう。とても狭い世界で生きている。故に、出会いの場など、見合いを除けば皆無に等しい。

それにしても、今日の公香は力が入っていたなぁ、と苦笑する。
彼女の言いたいことも分かるが、と『見合い屋』を出ると、いつものように階段で階下に降りる。

ああ、今日もコーヒーの香りが私をカフェへと誘う。

寄っていこうかな、と一階にある『メロディー』の入り口をチラ見し、公香に見つかるとマズイ、と思い直し、今日は真っ直ぐ部屋に戻ることにした。

駅ビルを出て、味食ビルに入ろうとしたところで、おっと! と立ち止まる。会いたくない人に会ってしまった。

「お帰り」

葛城圭介だ。彼が表情を変えることなく挨拶する。

「あっ、ただいまです」

どうして、まだいるのだ? とっくの昔に帰ったはずでは?
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