君への最後の恋文はこの雨が上がるのを待っている
返される手紙

千々乱れる檸檬





蒸し暑い日が続いていたのに、今朝は随分と冷え込んでいた。

素足の下、剣道場の板張りの床が、あたしの体温をじわじわと奪っていく。


寒い。身体も、心も。

それでもあたしは白線に立ったまま、竹刀を構え微動だにしなかった。集中してるわけじゃない。ただ、動けないだけ。

動き方を忘れてしまったみたいに、前を見据えたまま停止している。動きも、思考までも。


あたしの中の、大切な一部が欠けてしまったような喪失感。

剣道場の独特な匂いも、自由を奪う防具の重みも、竹刀を握る手の感覚も、すべてが夢の中のように曖昧で不確かなものになっていた。


あたし、こんなところで何してるんだっけ。竹刀なんか持って、ひとりきりで。

そう、朝練。いつもの朝練をする為に、いつも通り早起きをして、いつもの流れで準備をして家を出た。いつもの通学路をいつものペースで歩いて、気づけば練習着に着替えてここに立っていた。

染みついたルーチンワークは、思考が正常に働いていなくても勝手に身体を動かしてくれる。それによって生まれる虚しさなんて、一切考慮せずに。


1秒、1分、1時間と時間は規則的に流れていく。優しさなんて概念は欠片もない。

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