明け方の眠り姫
「嘘、……じゃあ画家にデッサン旅行に誘われたって話は?」

 そういえば前回の綾ちゃんへの手紙に、デッサン旅行に誘われてるって話を書いていたかもしれない。要くんは、綾ちゃんからいったいどういうふうに聞いたんだろう?


「ジェーンのこと? 彼女なら同じアパルトマンの住人よ。子どもさんの手が離れたからって一緒にどうかって確かに誘われたけど、まだ返事もしてないし……」

 それに、ジェーンが考えていた旅行先は、イギリスの湖水地方だ。要くんの残像に囚われていた私は、フランスを離れまた違う国へ旅立つ気になかなかなれず、ジェーンからのせっかくの申し出もしばらく保留していたのだ。


「……ジェーン」

「うん?」

 ジェーンという名前を耳にした途端、要くんはなぜか顔を赤くした。


「まさか、男の人だと思ってたの?」

 子どものように拗ねた表情を見せる要くんに、ついくすくすと笑みが零れる。寒さのせいか、それとも原因は別にあるのか、笑いながら鼻先がつんと痛んだ。

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