その手が離せなくて
「もしもし晶? 今家に着いたよ」
『あ、ゴメン。今日無理だわ』
電話に出た瞬間落ちた彼氏の言葉に、思わず鍵を開けようとしていた手が止まる。
と同時に、胸の中に黒いモノが漂った。
「無理って? なんか用事入ったの?」
『先輩に飯誘われちゃってさ。世話になってる先輩だから断れなくて』
「・・・・・・そっか。分かったよ」
『じゃ、またな』
「うん」
私の返事を最後まで聞く事なく、携帯の電話は切れた。
躊躇する事もなく、悪びれもせず。
どこか虚しい音だけが、耳に残る。
その瞬間、胸の中の黒いモノが一気に体を巡った。
「だったら、もっと早く言えっての」
思わずイラッとして、既に繋がっていない携帯に愚痴を溢す。
それと同時に、せっかく仕事を早く切り上げて買い物までした自分が惨めに思えた。