その手が離せなくて
ドアノブに手を添えながら振り返った一ノ瀬さんが、口端を上げて笑った。

そんな表情ですら胸が震えて、目が離せなくなる。


「じゃ」


まだ雨の降りしきる風景が、扉を開けた瞬間広がる。

冷気が一気に吹き込んできたけど、それでも今の私には涼しいくらいだった。


「また」

「は、はい!」


パタンと閉まった玄関扉をただ茫然と見つめる。

それでも、無意識に自分の唇を触っていた事に気づいて、顔が一気に赤くなった。


「連絡先、貰えた……」


貰った名刺を見つめて、そう呟く。

一ノ瀬高司。

綴られた名前を見るだけで、胸が締め付けられる。

あのビー玉のような瞳が理性を狂わせる。

ギュッと貰った名刺を胸に抱いて、その場でぴょんぴょんと跳ねる。


――恋をしているのだと、思い知らされた。


だって、ほら。

今別れたばかりなのに。

もう会いたくて、堪らない。
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