その手が離せなくて
さっきまでの甘い雰囲気は一気に消え去り、どこか殺伐とした空気になった。

何も言わずに、ただ私を見つめるビー玉の様な瞳。

そして。


「――結婚、してる」


静寂の中に聞こえたのは、静かな彼の声。

真っ直ぐに伸びて、私を打ちのめす。


「隠してたの?」

「――」

「ちょっと、遊んでやろうって?」


ようやく振り絞って出した声は、抑えきれずに震えていた。

瞳に涙が溜まるけど、流してなんてやらない。


「違う」

「嘘つかないで! 結婚してるのに、他の人に手出すなんて、そうとしか考えられない!」

「望月、違うんだ」

「私はそんな安い女じゃないっ」


吐き捨てる様にそう言って、拳を握りしめて目の前に立つ彼を睨みつける。

出会って、まだ数える程しか会っていない。

それでも、楽しかった日々が一気に脳裏を駆ける。


彼の笑顔が、彼の言葉が、彼の唇が。

私を絡めて離さない。

好きだという気持ちが、胸を締め付けて息もできない。

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