その手が離せなくて

指先に触れた指輪の感触が、まだ残っている。

まるで馴染んでいる様に感じた、その指輪。

触れた瞬間、私の心を一気に砕いた。

愛してはいけない人の、証――。


「どうして、言ってくれなかったのっ」


そうしたら、こんなに好きにならなかったのに。

こんなにも、溺れる程想ったりしなかったのに。


「酷いよっ」


こんなにも、好きにさせておいて。

こんなにも、彼でいっぱいにさせておいて。

想う事すら、罪だなんて――。


力任せに、壁を叩く。

ハタハタと落ちる涙が、地面に染みを作っていく。


「不倫なんて、まっぴらゴメンよ」


そんな汚い恋なんてしたくない。

誰かを不幸にする恋なんて。


だから、忘れよう。

まだ、ほのかに残る唇の感触も、彼の匂いも。

この気持ちも。


全部、忘れよう――。


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