強引ドクターの蜜恋処方箋
「おばあちゃんあったよ!」

途端に白くなっていたおばあさんの頬がふわっと赤く染まり、嬉しそうに笑った。

「本当に、本当にありがとう」

おばあさんは朱色のお守りを手にとると、大事そうに胸に抱いて私に何度も頭を下げた。

「よかったですね」

私はそう言うと、ハンカチで頭を拭きながら嬉しそうに笑うおばあさんの顔を見ながら気持ちがほくほくしていた。

ふいにビルの1階フロアの時計が目に飛び込んできた。

・・・嘘!

面接の時間を既に過ぎていた。

一気におでこの辺りに冷たい汗が湧いてくる。

「おばあちゃん、ごめんね。もう行かなくちゃ」

「おやおや、何か急ぎの用でもあったのかい?」

「うん。これから大事な会社の面接なの」

「そんな忙しい時に・・・本当にありがとう。気をつけてがんばっておいで」

私はビルの中に入ろうとして、「あ」と思いまたおばあさんの方へ戻る。

「おばあちゃん、傘もってないよね?よかったらこれ使って」

おばあさんに自分の傘を渡すと、一目さんにビルの中に飛び込んでいった。

人事部受付に着いた時は既に面接時間を5分ほどオーバーしていた。

「すみません!」

今思えば、髪もスーツも雨に濡れてびしゃびしゃでよくもまぁ面接受けさせて下さいって言ったもんだわ。

明らかに驚いた顔で受付の女性は私の顔をまじまじと眺めていた。

「少々お待ち下さい」

すぐに面接会場に案内して、人事部の担当の人に何やら話していた。

私の採用への道も、もう終わった。

せっかく二次面接までこぎ着けたのに。

涙を必死に堪えながら、びしょ濡れのままとりあえず面接を受けさせてもらったんだっけ。

面接の内容なんてほとんど覚えてない。

ただ、1人の面接官が「どうして南川さんはそんなに濡れてるんですか?」と尋ねた時、

「・・・傘を忘れて」と答えていた。

遅刻した理由や濡れてる理由を、あのおばあさんのせいにしたくなかったから。

咄嗟に出た言葉だった。

どうせ落ちるなら潔く落ちてやれっていう思いもあった。

なのに、翌日の夕方「採用決まりました」という連絡をもらったときは、本当に信じられなくて夢じゃないかしらと何度もほっぺたをつねったっけ。

あんな状況で採用決めてくれた面接官って一体誰なんだろう。

そんなことを思いながら入社したんだよね。

結局、あの時の面接官が誰だったかは聞けず仕舞いで今日まで来てしまったんだけど。


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