強引ドクターの蜜恋処方箋
松井さんがゆっくりと私を抱きしめていた腕をほどいていく。

体が完全に離れた時、なぜだか寂しい気持ちがした。

私の胸の鼓動は速くなりすぎて、そのカウントすらどうなってるか分からない状態だった。

寂しい気持ちと、松井さんからの突然の告白に半分パニックになりながら勝手に口が動いていた。

「松井さん。じゃ、一つだけ私のお願い聞いてもらえますか?」

「何?」

松井さんは小首を傾げながら優しく私を見つめた。

「私の恋人役になってほしいんです」

「恋人役?」

松井さんの目が少しだけ見開いた。

私は頷くと、母とのいきさつを話し、再来週母とそのフィアンセに自分の恋人を紹介しなければならないことを話した。そして、その恋人役を勤めてほしいと。

言っちゃった。

こんな厚かましいこと。

いつでも頼ってって言われたからって、調子に乗りすぎだよね。

松井さんはハンドルに腕をかけて前を向いたまましばらく黙っていた。

そんな横顔を見つめながら、今更ながらなのに言ってしまったことを後悔する。

「ごめんなさい、今の話は忘れて下さい。大丈夫です。私もこんな状況でこんな厚かましいお願いしちゃうなんてどうかしてますよね」

慌てて撤回した。

「俺でよければ喜んで」

松井さんは口元を緩めたまま私の方に顔を向けた。

え?

本当に引き受けてくれるの?

私の方が驚いて、「本当に?」と言いながら思わず口を開けたまま松井さんの顔を見つめた。

「どうしてそんな驚いた顔してる?口が開いたままだぞ」

松井さんはそう言って笑うと、私の肩にそっと手を置いた。

「恋人じゃなく恋人役っていうのは若干不満だけど、南川の為にできることならなんだって引き受けるよ。さっきも言っただろう?俺には気を遣うな」

「でも・・・」

「南川って、一見気丈に振る舞ってるけど、本当は不安でたまらないんじゃないのか?」

そんな風に男の人から言われたのは初めてだった。

いつも自分の弱い部分は見せたくなくて、踏ん張って生きてきた私のこと。

こんな短い間でどうしてわかるの?

松井さんの目の奥に答えを見つけ出そうとじっと見つめた。

「ますますほっとけない」

私の目を彼はじっと見つめ返した。

「眼鏡、邪魔だな」

そう言うと松井さんはサッと眼鏡を外してハンドルの前に置いた。

眼鏡を外した松井さんの顔が月の光にぼんやりと浮かび上がる。

眼鏡をかけている時よりもくっきりと大きな目。

頬のラインが一層美しく際立って見えた。

そんなきれいな顔に見とれていたら、肩に置かれた手が背中に周り松井さんの方に体が引き寄せられる。

そして、松井さんの顔がすっと私の方に下りてきた。

柔らかくて熱い唇が私の唇を塞いだ。

あまりに突然のキスで抵抗することもできない。

いや、抵抗できたけどしなかったっていう方が正しい。あんな事があったばかりだっていうのに・・・。

私の胸が最高潮にドキドキしていた。

松井さんの大きくて繊細な手が私の頬を優しく包む。その指先が少し私の耳に触れて体が一瞬震えた。

ゆっくりと唇が離れていく。

潤んだ瞳が私の瞳をまっすぐに捕らえていた。

「ごめん。お前のその頼りなげな目を見てたら自分を押さえきれなかった」

そう言うと、そっと私の頭を自分の胸に押しつけた。

「不安な時はもっと俺に甘えろ。遠慮なんかしなくていいから」

松井さんの熱い胸の鼓動を聞きながら、こんなにも誰かに自分の体と心を安心して預けたことがあっただろうかと思っていた。

もっと松井さんを知りたい。

もっと、キスしてほしい。

そんなこと考えてる自分は、松井さんに甘い言葉をかけられておかしくなっちゃったの?

まるで自分じゃないみたいだった。

「とりあえず、恋人役は引き受けたから。また詳しいこと決まったら教えて」

松井さんは優しく微笑むと、そっと私を助手席に戻した。

そして、フロントに置いた眼鏡をかけると、ハンドルを握り車のエンジンをかけた。

「帰るか」

車は静かに動き出す。

元来た道を、何事もなかったかのように街の光目指して。

私の中で何かが少しずつ変わり始めているのを感じながら、流れていく夜景を見つめていた。






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