王子様とハナコさんと鼓星


(い、いま…付き合うって、言った、よね?)


聞き間違いかも。聞き間違いに決まっている。考えてもいなかった言葉に動揺してしまう。


呼吸が止まり、瞳を右や左に素早く動かす。言われた言葉を理解しようにも、頭の中が混乱して何か何だか分からない。


そんな私の様子を楽しそうに笑い、細長い手が耳たぶを掴んだ。びくりと肩が震えて身体は更に硬直する。


「あ、あの…ちょっと、よく…意味が…」

「恋人になって、そう言えばわかる?」

「いや…冗談…です、よね?あ、はは!」

手を伸ばし耳たぶに触れている手を引き離す。横を向いて起き上がり、社長から距離を置いて座った。


「冗談なんて言わないよ」


「いや…その…わたし、次に付き合う人とは結婚したいんです。だから、面白がって、そう言う事は言ってはダメです」


「それなら、結婚しませんか?」

「……は?」

「実は付き合おうとは言ったけど、本音は付き合うのは面倒。更に次に付き合う子は結婚を前提って決めてたんだよね。それなら、さっきの話を踏まえて俺たちはお互い理になかった結婚になると思わない?」


「え…は?」

「俺は怒鳴らないし、優しいと思う。村瀬さんがアルバイトになってもむしろ専業主婦でも養う余裕はあるよ。そして、俺の夢に賞賛してくれる。なにもすれ違う事はない」


(こ、この人…意味がわからない。なんで、そうなるの?)



「俺、決めたよ。村瀬さんと結婚したい。同盟でお互いに結婚を応援もいいけど、お互いに相手がいないなら、同盟同士にしたほうがいい」


「いやいや、結婚って…したことないですけど、大変なんですよ?あ、もしかして…今流行りの偽装とかですか?お見合い勧められているって言ってましたけど…気が乗らないから、私を替え玉に?」


「違う。俺は至って真面目に言って、本気だよ、お姫様」


手をそっと握り両手で包む。僅かな光のみでハッキリと顔は見えない。でも、社長の濁りのない瞳は瞬き一つなく私を見ていた。


それだけで、わかった。この人は本気で言っているって。本能的にそれを感じる。

怖いと思う。甘い香りを放ち、獲物を捕らえる危険な花。その誘惑がいけないものだとわかっているのに、惹きつけられている。

捕まったら最後。逃げ場を無くして骨の髄まで吸い取られてしまう。


ダメだって、何度も何度も言い聞かせるのに、私はそれ以上、「はい」とも「いいえ」とも言えないでいた。


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