王子様とハナコさんと鼓星


「ごめんね。俺が連れ回したから」


「いえ、私も時間を見ていなかったですから。仕方がありません。漫画喫茶にでも泊まります。明日はお休みなので、1日くらいなら平気です」

「漫画喫茶って…」


曖昧な返事を返される。何か考えるように何処かを見つめ車を走らせた。


「大丈夫ですよ。今は女性専用もありますから。それに地元でも飲みに行った帰りに泊まった事がありますから」


「なんか悪いよ」

「気にしないで下さい」

「そうだ…それなら俺の家に来る?」


信号が赤になる。言われた言葉はエンジン音の静かな車の中によく響いた。

意味が分からないほど子供ではない。隣で私を見つめる視線を感じるが、見ることなんて出来なかった。


真っ直ぐに前を向いて、ゴクリと息を飲み自身の手を握る。


「それは…」

「安心してよ。食べたりなんてしないよ。俺は紳士だからね。親切心だよ」

「お気持ちはありがとうございます。でも、それは駄目だと思います」

「やっぱりね。そう言うと思ったよ。それなら、あそこのホテルに泊まろうか?」


向かいに見える国内でも有名な老舗高級ホテル。

「あの社長…わたし」

「やましい気持ちなんて本当にないよ。俺を信じて。指一本触れないし、俺はチェックインしたから家に帰るから。こんな時間に漫画喫茶なんて女の子1人に行かせられない」


伸びた手はまた私の頭を撫でる。たった今、指一本触れないって言ったばかりなのに。


嘘つき。そう口にすることなく呟くとホテルの駐車場についた。車を降りて背後を追う。ベルボーイに促され中に入ると広いエントランス。


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