副社長と秘密の溺愛オフィス
「急に来て悪いですね。彼女――じゃなくて、わたしに似合いそうなものを見繕ってもってきてください。普段着から少しかしこまった場所に出られるドレスも何着がお願いします」

 ド、ドレス? そんなもの必要ない。
 
 ぶんぶんと頭をふるわたしを副社長がチラッと見る。けれど無視して担当者と話を続けていた。

「では、ご用意する間にお茶をお持ちします」

 それまで副社長と話をしていた担当者が、急に話をこちらにふってきた。

「はい! お願いします」

 突然のことで驚いて、結構大きな声が出てしまった。

「かしこまりました。しばらくお待ちくださいませ」

 サロンの担当者がお茶を運んできたあと、サロンにふたりっきりなる。

「副社長わたし、初めてです。こんなふうに買い物するの」

 出された紅茶をさっそくいただく。おそらく高級なものだろう。香りがすごくいい。

「いつもなら事前に連絡して用意しておいてもらうんだけどな。急だったから準備ができるまでもうちょっと待て」

 そう言ってカップを傾ける姿は、外見はわたしなのにものすごく堂々としていてこの豪華な雰囲気にも負けていない。感心してみていると、カップをサイドテーブルに置いた副社長が呆れたように言う。

「なぁ、そんなことよりもその〝副社長〟って呼ぶのやめないか?」

「え?」

「これから毎日一日中顔を合わせるのに、それじゃ俺の肩がこる」

「でも……じゃあ、甲斐さん?」

「はぁ? なんでそうなる⁉ 紘也でいいよ。俺も明日香って呼ぶ」

 そっちの方が『なんでそうなる⁉』だ。今まで副社長としか呼んでいなかったのに、いきなり飛躍しすぎな気がする。
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