別れる前にしておきたいこと ー Time limited love ー
うとうとしていたら、ドアが開く音がして目が覚めた。

合鍵はまだ友香の手元にあるから、特に驚きもない。

「友香…もう会社終わったの?」

目をつむったまま問いかけたけど、返事は来ない。

聞こえていないのかな。

「さっきゼリー食べたよ。ありがとね」

「そっか、よかった」

返って来たのは友香の声じゃなかった。

思わず目を開き上体を起こしたら、私の瞳に映ったのは…

夢でも見てるんだろうか。

それともとうとう頭がおかしくなってしまったんだろうか。

「友香さんから合鍵借りたんだけど、最近ベッドに横になってることが多いって聞いたから。
起こしちゃ悪いと思って勝手に入った。ごめんな」

その姿に目が釘付けのまま、問いかける声が震える。

「あ、き…?」

彼はクスリと笑った。

「加奈」

私の名前を呼ぶ声は、子どもに語りかける父親のようにやさしい。

「…秋…!」

涙が零れるのと同時に、私は秋の腕に包み込まれた。

きつくきつく、息もできなくなるほどに。

「…もう逃がさない」

震えているのは私の声だけじゃない。秋の声も同じだった。

「加奈、苦しませてごめん。気づかなくてごめん。
もう絶対離さないから、別れようって言ったの撤回して」

「…だってっ結婚は…」

「婚約は白紙。俺は加奈以外の人と結婚する気なんかない」

秋は私の目元の雫を拭い、真っ直ぐと私を瞳に映す。

「愛してるよ。5年前も、今も、これからもずっと」

照れる様子もなくそう言った彼に応えたくて、溢れ出る気持ちが自然と唇から紡がれる。

「私も愛してる…ずっと、秋のこと…」

言葉にして初めて気づいた。

秋は言ってくれたことがないと思っていたけど、私も秋に言ったことがなかったんだということ。

『愛してる』という、大事な言葉を。


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