《クールな彼は欲しがり屋》


受話器を置いて私を見る沢田課長の視線に緊張しながら私は口を開いた。

「あの、そ、そ、総務部から....異動してきました」
どもりすぎてしまうし、全身もかなり熱くなってきた。


沢田課長は、座ったままで
「......名前は?」と私を見上げた。

名前。

確かに名前は、お互いに知らないままだった。



「は、はい。春川と申します」と挨拶した。

じっと私を見上げるブラウンがかった色の瞳が、ほんの少し光を帯びた。

カラカラに喉が乾いていく。

「はるかわ......か。ふーん」
意味深に私の名前をゆっくり呟いてみせてから

「これ、コピーして。30部」
と唐突に言い、束になった用紙を渡してきた。


「は、はい、わかりました」
とりあえず受け取った私に

「そこ」

課長は顎で自分の席から近いデスクを顎で示した。

「春川の席は、そこ」

「あ、はい。ありがとうございます。そこですね。ちょっと、バッグを....」
バッグをおきに行こうとしただけの私に課長は
「もたもたすんな、コピーをいぞげ」
急かすような声を浴びせてきた。

バッグを置いただけなのに。なんてせっかちな人なんだろう。

不意に思い出していた。
お互いに、せっかちなくらい急いで服を脱ぎ出したあの夜。

かぁっと熱くなる頬に気が付かれないように下を向いて返事をした。
「は、はい」

急いでデスクの上にバッグ乗せ、コピーを撮りに行こうとしたもののコピー機のある場所がわからない。

キョロキョロと辺りを見回してみる。

どこにあるんだろ。
もたもたと迷っている私に大きな声が飛んできた。

「コピー機は、すぐそこ。見えない?」

デスクから立ち上がった沢田課長は、私の横まで歩いてきた。




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