俺様外科医に求婚されました



「全て確認していただいた上で、内容に不備がなければここに。お願いいたします。印鑑の方は持ち合わせてないと思いますので、後からで結構です」


そして西野さんもそう言って、隣から署名する場所を指差してきた。

書類を手に取り、私は契約書の内容に目を通していく。

するとそこには、ついさっき話していたばかりの内容がびっしりと記されていた。

望月加奈子の臨床試験への優先的参加を斡旋する。
望月加奈子の臨床試験参加による入院費用及び医療に関わる全ての費用、及び新居の契約金とそれにあたる引越し費用は大和多恵が支払うこととする。

望月理香子は大和諒太と交際を解消し、大和国際病院を本日付けで退職すること。
望月理香子の就職先は早急に紹介すること。

第三者には相沢圭太と婚姻関係を結び渡米するという形をとること。
これは形式上であって実際とは異なる。

これらの契約内容は、決して第三者には口外しないこと。

契約書の最後には、そう記載されていた。


話の流れがあまりにも早すぎて、心がついていかない。
諒太との関係を諦めると決心して、母の臨床試験への参加を望んだのは自分なのに。

諒太のことを思い出すと、途端に胸が締め付けられた。


「俺は、理香子がいればそれ以外は何もいらない」


諒太は私にそう言ってくれた。
私だってそうだった。
私だって、諒太がいればそれだけでいいと思っていた。

だけど私は…そんな諒太への想いを断ち切って、どれだけの効果があるのかもわからない新薬の臨床試験を選んだのだ。


ごめん、諒太。ごめんね…。

こんな形で終わるくらいなら、はじめから想いを受け止めなければ良かった。

そうすれば諒太を傷つけることも、悲しませるようなことも…こんなに苦しい思いも…なかったはずなのに。


「きっと、お母様のためになるはずよ」


理事長の言葉に、ぎゅっと目を瞑る。
そして再び目を開けた私は、震える手でペンを持ち、涙で見えなくなっていく契約書を見つめながら、それにサインをした。


サヨナラ、諒太。
あなたの笑顔も、すぐにふざける子供みたいなところも。
私にくれた、たくさんの真っ直ぐな言葉も。
暖かい手も、優しく抱きしめてくれた腕も。

全部、全部…大好きでした。


心の中で、そう言いながらーーー。


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