自由帳【番外編やおまけたち】
・・・・・


「最近、パンデルフィーがよく売れるんです。何故かしら」


家までの帰り道、ライナはイルミスへ話しかける。花のこと、イルミスの仕事のこと、果ては今夜の献立について。こうしてイルミスと一緒に歩くと、ひとりの時とは比べものにならないほど楽しい。荷車や籠をさり気なく運んでくれる彼の優しさも嬉しかった。

ライナが気にしているのは、最近の売れ行きについてだった。時期により売れる花の種類は変わるのだが、ここ最近はパンデルフィーばかりがよく売れている。
丸い花びらが特徴の、青い花。
ライナとイルミスにとって大事な花であることに間違いはないのだが、何故急に売れ始めているのだろうと疑問に感じていた。

この国で恋の花と呼ばれている有名なリンディアでもなく、国王が香りを楽しんでいると噂のセーレンでもない。乙女たちがこぞって買いに来るのは、小ぶりで優しいパンデルフィーだった。


「それは……もしかしたら、私のせいかもしれません」

「え?」


伏し目がちに告げるイルミスは、どこかばつが悪そうだ。観念したように声をしぼり出す。


「私が、先日行われた騎士団の集まりで自慢したから。妻の育てたパンデルフィーは素晴らしい、と」

「……そんなこと」

「本当のことです」


予想もしていなかった告白に、ライナの目は泳ぎ、頬が上気する。


「飛ぶように売れていると聞いて、迂闊に話すものではないと反省しているところですよ。市場に来れる日は手伝います」


申し訳なさそうに告げるイルミスの、その真面目な姿勢にライナの胸はいっぱいになる。その気持ちだけで十分だった。


「イルミスさんには大事なお仕事があります。こちらのことは気にせずに……」


ライナは心配をかけないようになるべく明るく言うが、イルミスには通じなかった。大きな温もりがライナの小さな手を当たり前のように握る。


「ですが、貴女は最近元気がありません」

「あ……」


音が聞こえたかと思ったほど、ライナの鼓動が跳ねる。隣から向けられるのは、すべてを見透かすような碧い目だ。


「私が気付かないとでも思いましたか? 貴女の店が繁盛するのは嬉しいのですが、気落ちしているところに押し掛けられても、辛いだけでしょう?
……出来れば、落ち込んでいる原因を教えて欲しい」

ーー私は、貴女の夫ですから。

そう言って碧い目が優しく丸みを帯びる。
ライナは、直視出来なくなりそっと目を伏せた。


「……ありがとうございます」

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