自由帳【番外編やおまけたち】

就職してから、レベルの高い同期たちの活躍を聞く度に落ち込むことが多かったが、亀の歩みでも自分なりに頑張ってきてよかったと思った。

感無量でじーんとしたまま突っ立っていた私に、桜田くんは何故か慌てたように手をぶんぶんと振った。


「あっ、その! そういう意味じゃなくてっ! そうだ、俺……そ、染谷さんに憧れてまして!」

「……そうなの?」


〝そういう意味〟がどういう意味なのか気になったが、桜田くんの口から染谷くんの名前が出たことに、私は訝しんだ。染谷くんとは部署も勤務フロアも違うというのに、どこかに接点があっただろうか。


「その、さっき話した同期飲みの時に、営業部のヤツから染谷さんの話を聞いて感動しちゃいまして」

「どんな話を聞いたの?」

「染谷さんは」


桜田くんはそこで言葉を一旦止め、すうっと息を吸い込んだ後に一気に喋り出した。


「仕事の質問には時間をかけて丁寧に教えてくれるそうなんです。すごく忙しいはずなのに、分かるまで根気よく面倒みてくれるって聞いて。プライベートの相談ごとも親身になって聞いてくれるそうですし。
……仕事が出来るのにそれを鼻にかけることもなく、後輩の話もちゃんと聞いてくれるなんて格好いいです!」

「……」


ーー染谷くんは、本当にすごい。

桜田くんは、営業部の同期の話を聞いたに過ぎないのに。他部署にいる新入社員までも、こうして魅了してしまうなんて。

頑張っているつもりでも、自分などまだまだ足りないのだと改めて気を引き締めた。


「ーー実はね、私も染谷くんに憧れてるの」


奇遇だね、と笑うと桜田くんは後頭部をかきながら笑った。


「この前会社の近くにいいお店を見つけたって室長に教えてもらったから、そこに行ってみよっか。イタリアンの、お洒落なお店らしいよ!」

「是非お願いします!」

「ーー松井」


呼ばれた声に振り返ると、話題の張本人である染谷くんが立っている。片手にビジネスバッグを持っていて、すぐにでも退社できそうな雰囲気だ。


「あっ、染谷くん!」


嬉しくて声をかけると、会釈ひとつでフロアの中へ入ってくる。


「仕事終わった?」

「うん、ちょうど終わったところだよ」

「あのさ、今日空いてたら食事でもどう……」


言いかけて、ぴたりと止まる。
その染谷くんの視線の先をたどると、驚きで目を見開いたままの桜田くんがいた。


ーーああ、そうだ。
こうして憧れの染谷くんが偶然来てくれた訳だし、ここは先輩の私がひと肌脱がないと!

私は目を輝かせて、提案することにした。


「染谷くんちょうどいいところにっ! あのね!」

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