僕らのチェリー


「家で奈美が待ってるからそろそろ家に帰るね」


気が付くと笠原は鞄を持って部屋を出ようとしていた。


「ちょっと待って」


無意識に彼女の腕をとった。

振り向いた顔に戸惑いが表れていたのを見て、おれは手を離した。


「さっきの本気?」


おれはそう聞こうと思った。

だけど口は別の言葉を吐き出していた。


「これアルバム。貸すから持って行けよ」

「でも」

「返すのはいつでもいいから」


彼女は少し考えて、それからアルバムを受け取った。

駆け足で階段を下りる音が響く。

夕闇の中、自転車に乗って帰る彼女の後ろ姿を窓からじっと見つめていた。
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