蓼科家物語 四女 桜和の話
第1話

少女と青年



春「はあっ……くそ……」

途中で他の組の奇襲にあった俺は塀に寄りかかって肩で息をする。

そのまま体を預け、ずるずるとしゃがみ込んだ。


雪はしんしんとふっていて、前の方からさくさくとこちらに向かって誰かが歩いてくる。


桜「ねえ、生きてる?」


声がしたので、顔を上げると、黒髪の女の子がいた。暗いので、詳しくは見えない。


桜「あ、生きてる。怪我したの?」

春「……」

桜「んー、……ねえ、ちょっとついてきて。手当てするから」

春「……」

桜「ねえ、早くっ。こんな寒いところにずっといて風邪引きたくないでしょ!あなたも!」



その言い方に少し違和感を覚えたけど、少女は俺の手を引っ張りながらずんずんあるいていく。


先程の殴り合いで体力を使い果たした俺は抵抗するのが面倒になってされるがままにその子についていった。


しばらく塀沿いに歩くと、裏口みたいなドアから入って静かにドアを閉めて、ゆっくり俺の方を向いた。

桜「ここから、静かにしててね。ってさっきからあなた一言も喋ってないけど。一応、ね」


どこかの家の庭だろうか、典型的な日本家屋で、盆栽のようなものもある。

桜「ここで、靴脱いで」

そう俺に支持すると、ゆっくり、ある一室の襖を開けた。

外見は歴史深い家なのに、中にはベッドやらソファーやらが置いてあってなんだか内と外が釣り合っていない部屋だった。


桜「そこ、座って」

指さされたソファーに腰掛けた俺を確認すると、その子はどこかにいって、薬箱みたいなものを持って戻って来た。

桜「んーと、じゃあ上脱いで」

言われたままに上着をぬいだ。彼女は傷口を確認すると、手当てをし始めた。



先ほどは暗くてよく見えなかったが、よく見ると、整った顔だ。


器用に包帯を巻いていく彼女の手を俺はぼーっと見つめた。


桜「いいよー、上着きてー。本当は少し休んでって欲しいけど、見つかったら私が怒られて、外出禁止にされるからもう帰ってね。あともう家の前で倒れないでね!営業妨害だから!」



営業妨害?なんか店やってんのか、ここ。


桜「じゃあね、また怪我しないように気をつけて」


春「…ああ、ありがと」



桜「…………うわ…しゃべった」

なかなかに失礼な言葉を発した彼女に頭を下げると、先程来た道を通ってまた外に出た。


なるほど、少し体が軽い。

見知らぬ奴を簡単に部屋にあげるその少女に若干の不安を覚えつつ、先程からバイブがうるさいスマホに手を伸ばす。


「若っ!今、どこにいらっしゃるんですかぁぁぁ!!」


春「悪い、今帰る」


「ご無事でっ……私はっわた……」



こうなると奴はうるさいので早めに電源を切った。


春「名前くらい聞いとけばよかった」


今度は明るい時にちゃんと会いに行こう。
そう心に決めた。


雪はいつの間にかやんでいて、綺麗な三日月が空に見えた。

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