朝、目が覚めたらそばにいて
「じゃ、誰かに頼まれたとか?」

「…、いらないなら返せ」

「いや、要ります。要ります。1ヶ月も探し続けていたんです。ネットでも絶版だし、都内の大型書店にも無いし取り寄せ不可能って言われたし。かと言って古本屋で探す気にもなれなくて。あ、でも最終的にはそれしか無いかなって…あっ!」

余計なことを喋り続けている私を置き去りに彼はクルッと背中を向けて、その場を立ち去ろうとしていた。たかが本を譲っただけで私の事情なんて彼には何の興味もないのに。
バカバカ、私のバカ!お礼をまだ言ってないじゃん。

「あ、あの!」

お礼だけは言いたくて、立ち去ろうとしている彼の背中に慌てて声をかける。

「は?なに?」

不機嫌な返事だったけれど、立ち止まって振り返ってくれた。


「ありがとうございました」

本を胸にぎゅっと抱きしめ、深々とお辞儀をする。
何も言わずにそのまま立ち去ると思っていたけれど、その様子もなかったので恐る恐る頭を上げると彼は穏やかに笑っていた。

話している間、不機嫌な声と無愛想な顔しかしていなかった彼の笑顔を初めて見たとき、キュンと胸が鳴る。
彼はすぐにその場を立ち去ったけれど、私は彼の背中をずっと目で追っていた。





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