星が降るようで
まゆこ
 最寄りの駅から電車に揺られること二時間。私たちが大切に大切に心に閉じ込めてきた思い出の地は、案外すぐに行ける距離だった。
 段々田んぼと畑だけになる窓の外に、すごい場所だなと隣に座る兄は苦笑している。

 どうして今日まで来なかったのだろう。流れていく景色をぼんやり見ながらそう考える。ノートの中ではあれが懐かしいこれがもう一度見たいと散々言い合っていたのに。その気になればいつだって来れるその場所に、けれど今まで避けてきたのはやっぱり怖かったのだろうか。大切な宝物のような場所に、土足で踏み込んでしまうのが。
――土足?
 私は今の自分を汚れた靴だと思っているのだろうか。現世と前世は違うのだと言い聞かせてきたつもりだったけれど、いつの間にか理沙を押し退けてまゆこが本体になっていたのだろうか……

「まゆこ、次で降りるよ」

 兄の……いや、誠一の声で我に返る。駅に着いたら私達は、今日一日だけ昔のままの恋人同士だ。
 やがて改札もない、こぢんまりとした無人駅に降り立った私は、震える唇でああ、とため息を洩らした。
 懐かしい。なんて懐かしい。私がまだまゆこだった頃、毎日のように利用していた馴染みの駅だ。

「すごい。なんにも変わってない。全部あの頃のまま、ね……誠一」

 涙ぐむ私を甘やかな瞳で見つめ、誠一はそっと手を差し出す。一瞬ためらいつつも、私は手を伸ばしてそっとそれに重ねた。

「じゃ……行こうか」

 ひと回り大きな温もりが私を包み込む。
 ああ、帰ってきた。やっと帰ってきたのだ、私達の愛しいあの時間に。私の歩調に合わせてゆったりと歩く長い足も、見上げればいつも柔らかい微笑みをくれたその眼差しも、この胸のときめきも、何もかもが……
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