こんな恋のはじまりがあってもいい
放課後。
久しぶりに二人で歩いた気がする。

いつも通りの風景に安心するけど
やっぱり心の中ではスッキリしないものがあって。
それをいつ切り出そうかとソワソワしていたら

「真野くん、大丈夫?」
突然、そんな言葉をかけられた。
「え」
俺はどう反応していいのか分からず、彼女を見た。
「なんか、いつもと違う気がするから……」
病み上がりだからかな、と心配そうにこちらを見る彼女を
抱きしめたい衝動に駆られつつ。

今かな、と思った。

「うん、ちょっと気になることがあってさ」
初詣の時もそうだったけど
あかねって、こういうところ敏感だなって思う。

だからこそ、俺もバレないように気を使うんだけど
うまくいかないね。

「この間……駅前の店でさ。誰かと歩いてるの見かけたんだけど」
「え?」
彼女はキョトンとしている。
「制服きた男子。うちの生徒じゃなかったから、声かけにくくてさ」
「!」
彼女はポン、と手を叩いて
そのあとしばらくポカンとしていたが、急に笑い出した。

「あー!わかった!!!あの時!!」
ちょっと待ってそうかそうか、そうよね分からないよね、と一人で頷いている。
そして、俺の肩に手を置いて告げた。

「あれ、私の弟」
「おと……うと……?」
弟がいるのは、聞いていた。
知ってる。2つ歳の離れた弟だって。

「ウチの弟、ヤケに背は高いし学校も私学に行ったから制服も見かけないヤツだし」
一瞬じゃ誰か分かんないよねー、とケラケラ笑っている。

なるほど、私学。
どうりで見かけない制服だ。
そしてーーあの距離感にも納得がいく。

「はは……なんだ、弟か」
俺は恥ずかしいやらホッとしたやらで力なく笑うしか出来なかった。
でも、それじゃここ数日のあかねの違和感は一体ーーーーー

「あれはね、たまたま家の鍵忘れた弟が、駅前まで鍵を取りに来ただけなんだよー」
ついでに買い物に付き合ってもらっていたらしい。
「もしかして、ちょっと疑った?」
ニヤニヤとこちらを覗き込んでくる彼女が、いつもと違う魅力に溢れていて
俺は素直に、降参した。

「ごめん」
「素直でよろしい」
ポン、と頭を撫でられて
なんだかいつもと逆だなと感じる。

「でもさ、最近あかね忙しそうだったじゃん」
「そりゃ忙しかったよ」
「だからてっきり、他に気になる人が出来たんじゃないかとか」
「!」
あかねは目を見開いて驚いていたようだった。

そして
「もう!ちょっとくらい信用してよね!」
途端に両手で頬を挟まれる。
「この間、言ったところでしょ。私は真野くんが好きって」
「……はい」

そうでした。
簡単に疑ってしまってスミマセン。

「忙しかったのは、今日のためなんだから」
「……?」
あかねはそう言って、俺から手を離すと
カバンからごそごそと何かを取り出した。

「はい」
丁寧に包装された包みを受け取る。
彼女は少し恥ずかしそうに、下を向いて呟いた。
「……バレンタイン、だから。本命用に頑張ったの」

バレンタイン。
すっかり、忘れていた。
そうか、今日だったのか。

本命用、とは。

「ミキに相談して、どんなのが真野くんに喜んでもらえるかって一緒に考えてもらってたの。」
吉野はおかし作りが得意らしい。
そこで彼女と一緒にここ数日、練習していたそうだ。

俺の、ために。
練習。

「フォンダンショコラ、っていうんだよこれ」
そう言って彼女はスマホを取り出すと、有名なクッキングアプリのページを開いて見せてきた。
美味しそうなチョコレートケーキの画像が映し出されている。

「中を割るとね、溶けたチョコが出てくるんだよ」
食べる前に温めてね、と嬉しそうに話してくれる。
「うん……」
なんだよこれ
泣きそうになるじゃないか。

俺ってばホント情けない。
「……真野、くん?」
黙って下を向いてしまった俺を心配するかのように、彼女がこちらを見る。
今きっと、自分は情けない顔をしているだろう。

それを見られたくなくて
無理やり、抱き寄せた。
「……ありがと」
耳元で、それだけを囁くのが精一杯だった。

「うん」
彼女の嬉しそうな声が、聞こえる。
幸せを噛み締めるように、少しだけ
腕に力を込めた。


苦くて甘い、バレンタインだった。


その後、弟の写真を見せられ
しきりに顔を覚えさせられたのは言うまでもない。
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