こんな恋のはじまりがあってもいい
あわよくば、以前の頃に戻りたいと思った。
それが勝手な我儘だと誰かに罵られても。

市原と俺が今までどおりやってたら、
もしかしたらミキとも、さりげなく話せる日が来るかもしれない。
ご都合主義と思われるかもしれないけれど
やっぱり俺は、あのくだらない時間が好きだった。

けれど
ミキが俺たちの間に入ってくることは無かった。
同時に、真野の声も聞かなくなった。

結局、また二人になった。
こんなくだらないやりとりを続けてくれるのは、後にも先にも市原だけだった。
中学の頃も、そして今も。

「いい加減にしてよね」
「もうあかねサンだけなんだよー俺に付き合ってくれるの」
「そりゃアンタが反省しないからでしょ」
「知ってる」

ほら、名前で呼んでも気にしない。
この距離感。
あの頃から、変わっていないのかもしれない。

ここから先に進める可能性はあるのだろうか。
ミキと二人で帰った時を思い出す。
あんな風に、二人で馬鹿なこと言い合いながら
あの道を歩くことはあるんだろうか。

少しだけ、欲が出た。

自分の気持ちを自覚してしまったからかもしれない。
以前は、友達だからと言い訳がましく言っていたけれど
それ以上の感情を抱いてしまうと、ついーーー
期待してしまう。

同時に、ミキや真野に対して罪悪感のような気まずい気持ちが
湧き上がる。
どうにか彼らに見つからないところで、少しずつ彼女に近づいた。

彼女もまた、ミキたちに気を使っているそぶりは見えるものの、
今までと同じように接してくれた。
そのことがますます、俺の気持ちを盛り上げる。

もう少し、仲良くしてもいいんじゃないか。
もう少しーーー



「ところでさ」
俺がいつもどおりの調子を取り戻し、平然と借りていたノートを返した時
眉間にシワを寄せて市原が訪ねてきた。
「なんでアンタ毎回ノート借りに来るの?頻度ひどくない?」

それは
これしか今は、お前との接点がないから
なんて言える訳がない。

「あかねのノート見るほうが楽じゃん」
分かりやすいし、と付け加えておく。
事実、彼女のノートはいつも丁寧でありがたいのだ。

しかしながら彼女の聞きたいことはそういう話じゃなさそうで
いつもとは違う、少し怒っているような雰囲気を俺に感じさせた。

さすがに少し、やりすぎただろうか。

「前はもっと、自分でちゃんとやってたよね?」
「そうだっけ?」
そう、本当はノートも取れるしワークも埋めている。
でもそれを言ってしまうと、もう手段がない。

俺には、これしかないんだ
お前に近づく方法が。
「……やってた。少なくともこんなに毎日来てなかった」
「何?俺と話すの嫌なの?」

最悪な質問だと思った。
優しい彼女が、こういう類の質問に素直に答えきれないのを知ってて聞いた。
卑怯だ。
俺は、ずるいと思う。
そうでもしないと、もう彼女を引き止めておくことが出来ない気がしたんだ。

「そうじゃなくて」
明らかに苛立っている。
ここで話を逸らせばよかったんだ。

だけど
欲が出た。

「じゃあ、何。」
「ほかにもノート借りれる人いるでしょ。別に私じゃなくても」
あかねは薄々、感づいているんじゃないだろうか。
何故ここまでして俺がノートを借りるのか。

「あかねのがいいんだよ」
正直に伝えたつもりだった。
「なんで」

伝わらないもどかしさ。
どう言えば良いのだろうか。
「楽なんだって」
「人を便利屋のように扱わないでほしいんですけど」

そうじゃない。
違うんだ。
気付いてほしい。

「俺とあかねの仲っしょ。今更なに」
「それはちょっと違うんじゃ……」
「じゃあさ、今度一緒に勉強会しようぜ」

そうだ
こうしてもう少し距離を縮めていけばきっと

「無理」
何で、どうして
「え〜つれないね〜」

うまくいかない。
伝え方が、分からない。
今まで友達と思っていたのに、違うと気付いてから尚更どうすればいいのか分からなかった。

どうか、離れてしまわないで。
今までみたいに、仕方ないなあって困った顔して
それでも付き合ってくれたみたいにーーー

必死だった
なんとかして、彼女のそばにいたかった。
そんな俺の目の前に突然、怒りの籠った低い声が響いた。

「ーーお前さ。その気も無いくせに市原に手ェ出すの、やめてくれる?」
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