【完】恋歌

だから、詰められた距離をもう一度きちんと取ろうとするのに、彼の腕は強くそれでいてやんわりと彼女を絡めとって動かない。

痺れを切らして、何度か名前を呼んでみるも、それさえ彼には甘美な麻薬になるようで、恍惚的な温もりは一向に離れて行かなかった。

彼の言う、「アイ」なんてものは分からない。
そんなものは、感じたことがない。


それでも、彼が自分を抱き締めたまま、まるで子守唄でも歌うようにして紡ぐアイの言葉に、自分の鼓動が呼応して、跳ねていくのを感じざるを得なかった。


「武瑠…」

「駄目だよ…そんな声でオレを呼んじゃ…どうしても欲しくなるでしょ?」


そうだ。
彼は、自分の宿敵なのだ。


なのに、どうして…。
されるがままに抱き寄せられて、自分は動かないでいるのだろうか。


突き放すことなど、いくらでも出来るはずなのに…。


「…私でなくとも…他にいるだろうに…」


ぽつり、と口にした言葉。
それを聞いた彼は、凄く寂しそうに微笑む。


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