ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間



「伝えたわ。
何度も…ね。
でも、お兄ちゃんは
妹としてしか見てくれなかった」  



「じゃ、こんなことしても 無駄じゃない」  



「無駄じゃないのよ、それが」  



「どうして?」  



「あの女に続いて、
あんたも裏切ることになるでしょ」  



「裏切る?」  



「あんたは
鷲っちの秘書になるじゃない」  


ああ、そうかと納得しかけて、沙希は慌てて頭を振る。  


「でも、裏切ったからって
何でそうなるの?」  



「自分が信じたところで、
女はみんな裏切っていく。
女はそういうものだと 絶望させるのよ。

で、私が最後に残るの。
そしたら、お兄ちゃんはどうする?
私を必要とするはずよ」  


決まってるでしょ、と子猫は淡々とシナリオを説明した。本気で想ってるとしたら、正気の沙汰ではない。
が、ここまでは彼女の計画通り進んでいることも事実だ。  


「そんなに」
沙希が言葉を選びながら訊く。
「簡単に絶望ってするのかな?」  



「するわよ~。
あ、でも、普通じゃダメね。
少なくとも…
あんたの演技力は必要かなぁ。

いい?
できる限り、冷たく突き放すの。
『私、鷲尾会長に誘われて
お世話になることにしました』
ってね。

それで、バッチリだわ!」  



楽しそうにプランを練る子猫に、無駄だとは思いつつも駆け引きを試してみる。  



「もし、私が断ったら?」  



「ねぇ、あんたバカなの?
わかってる?
だから、関っちを人質に取ってるのよ」  


土佐犬の話は交渉でも脅迫でもない。
こちらに選択権のない命令だったのだ。


ハチを人質に取る。
私を動かすのに、これ以上の脅しはない。
短絡的だが、もう土佐犬の秘書になる他、道はないように思えた。  



「私が…秘書になれば
修一には何もしないのね?」  



「なれば…ね。
って、最後の仕上げなんだから
うだうだ言わずにしっかりやってよね」  



「でも…」  


ご主人様気取りの子猫に反論しかけて、その先をグッとこらえる。
シェパードがまだ未練を残し、彼女に想いを伝えようとしていることは伏せておこうと思った。


今、子猫に言ったところで取り乱して、暴挙に出る可能性だってある。
こちらの手の内を易々と教える必要もないし、ともすれば窮地の切り札になるかもしれない。
瞬時に考えて、子猫の逆鱗に触れない程度の質問に変えた。  



「人の感情って
そんなに簡単に支配できるの?」  



「るっさいなぁ。
だから、面倒くさいけど
こんなことしてるんでしょ?

それに、お兄ちゃんには
そういう教育をしてきてるの。
もう10年も前からね。

誰にも渡さない。
お兄ちゃんは、私だけのものよ」  





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