ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間



それが最善の策かどうかはわからなかったが、時間がない中では選択肢は限られている。
沙希もその考えに頷くと、シェパードは「大丈夫だ」と笑って見せた。


彼も内心、成功するかどうかはわからないといった状況だろう。
大丈夫という言葉は、私を安心させるためではなく、自分にそう言い聞かせたのかもしれない。


そうと決めたら、席を立つシェパードに慌てて、沙希が質問を投げた。  


「あの…部長 一つ教えてもらえませんか?」  


「何だ?」  


「鷲尾会長のことなんですが…」  


シェパードの表情が瞬時に強張る。
状況が状況なだけに、彼の頭の中を様々な想定が駆け巡っていることだろう。

まるで、君はどこまで知ってるんだ?と言わんばかりにシェパードが訊く。  


「鷲尾が…どうした?」  


「部長と鷲尾会長は
単なる得意先の関係
…だけなんでしょうか?」  


「どういうことだ?」  


「あの…何か、こう…
他に何かあるんじゃないかと…」  


薄々感づいている沙希に、これ以上は隠せないと思ったのか、意を決したように彼が口を開いた。  


「黙っていたのは、
大した意味はないんだが、

鷲尾は、

あいつは俺の父親なんだよ」  


――…っつ!?

――父…親?  


シェパードの言葉を瞬時には飲み込めなかった。
彼と土佐犬が血縁にあったとは、想像すらできなかった。


が、だとしたら、思い当たる節に合点がいく。
初めての接待の時に感じたシェパードの態度だ。

土佐犬を前にしても物怖じしない彼を頼もしいと単純に感じた。
亀井の対応する態度こそが得意先への正しい姿だと思いつつも、


シェパードのそれはその考えすら凌駕すると思っていた。だが、それはやはり違っていた。
血縁だからこそ、成せる態度だったのだ。  


「お父さん…なんですか? 鷲尾会長が?」  


驚いたが故に、他に思いつく言葉もなく、彼の言葉をリピートして訊く。  


「そうだ。
が、 仕事に私情を挟んだことはない。
あくまで鷲尾産業は
うちのクライアントとして
俺は接している」  


情報漏えいの話をした直後だ。
弁明じみた説明をするのは、俺は潔白だという意味も含んでいるんだろう。


が、沙希の矛先は違った。
新川恵美のことだ。
二人が親子ならば、彼は実の父親に恋人を奪われたことになる。  


「じゃ、」
と言いかけて、沙希は口から出る言葉を寸でで止めた。今、わかりきったことを訊いたところで、忌々しい彼の記憶を逆撫ですることにしかならない。  


「問題はないですね」  


と切り替えて、シェパードに告げると、  


「もう行くぞ。
モタモタしている時間はない」  


これでいいか?と言わんばかりにシェパードは話を終えると、企画部室へと踵を返す。
彼にしてみれば、できれば伏せておきたかったことだろう。


休憩室のドアを閉める音に、彼の苛立ちが表れている。
今更ながら訊いてよかったのかと思いながら、沙希はシェパードの後を追った。


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