ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間

シェパードと土佐犬




午後3時。

シェパードと沙希は「菊水」の前に立っていた。
空は灰色に曇り、少し離れた所では冬には珍しく黒い雲がビル群に覆い被さろうとしている。

今日の展開を暗示しているようにも感じ、沙希は不安に駆られ身震いした。  


「さあ、行こう」  


シェパードが気合十分に声を掛け、沙希も後に続く。
門をくぐり、石畳を進む。

例のごとく、数人で迎えられるのかと思いきや、立っていたのは新川恵美だけだった。
シェパードの足が一瞬止まる。
が、すぐにまた一歩を踏み出した。  


「お待ちしておりました」  


深々と頭を下げる恵美に対し、シェパードは声を掛けることもなく、店の中へと入っていく。
恵美はさも当然のようにシェパードの脱いだ靴を揃えて向きを変えると、土佐犬の待つ部屋へと案内する。


シェパードの胸中は複雑ではあるだろう。
いくら私が「彼女はまだ想っています」と言ったところで、それは当人に言われたわけではない。


かといって、直接訊くわけにもいかない。
本当にそう思っているのかどうかを探っているといったところか。

いや、いくら私情が絡んでるとはいえ、今は商談に集中しているのかもしれない。
部長として、社の代表として、やらなければならないことがそこにあるのだ。


対して、恵美はいつものことと思ってることだろう。
彼はまだ私のことを恨んでるに違いない、と。


結局、二人は目を合わすことなく、部屋の前に着いた。


襖を開け、恵美は軽く会釈する。 シェパードはスタスタと中へと入っていき、沙希も慌てて彼に続いた。  


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