ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間



ハスキーがカバンを開け、資料を取り出すのを見て、沙希も慌てて資料を用意する。
いきなり?とは言い訳で、考えずともこれはお見合いではなく、プレゼンなのだと改めて気を引き締める。


本日はお日柄もよく…などと暢気な挨拶があるわけがない。
とそこでシェパードが「会長、ちょっと提案が…」と待ったの声を掛けた。  


「何だ?」  


不機嫌そうに土佐犬がシェパードを睨む。
スタートの時点で滞りが出たことで、WAONのプレゼン内容を懸念したのかもしれない。  


「通常なら、
今回はうちが先に
提案をする番ではありますが
二社同時に資料を渡すというのは
可能でしょうか?」  


「ん~、 亀井はそれでいいのか?」  


「うちは別に構いませんが
ただ… この場でルールを変えるのは
フェアじゃない…
かと思いますが…」  


「たしかに」


土佐犬はもっともだという顔で頷く。


「その通りだな。
大和、そういうことだ。
今まで通りにいくぞ」  


「わかりました」  

「じゃ、ベリーは席を外してくれ」  


亀井とハスキーは軽く会釈をすると、襖を開け、外へ出る。
このやり取りを見ると、今までのプレゼンは先手後手を交互にやっていたらしい。


そして、シェパードの提案は却下された。
あの提案に何の意味があったのかすら、察しもつかない。

二人が外に出たのを確認して、資料を土佐犬に渡す。  


「うちのプランは…」


と資料には書いてあるものの、シェパードは細部に渡るまで丁寧に説明した。
そして、説明を終えたところで、一言付け加えた。  


「以上がうちの案です。
ですが、もし、
御社が条件を加えるおつもりでしたら
この案はなかったことにしたいと
考えております」  


「条件を」
土佐犬の黒目だけが沙希に向けられた。
「加える?」  


「ご自身の胸に訊かれては どうでしょうか?」  


喋ったのか?と土佐犬が沙希を一瞥し、俯く沙希からシェパードに視線を移した。

二人の視線がぶつかり合う。
一触即発、という重苦しい空気が続く。

沈黙を破ったのは、土佐犬だった。  


「大和、 お前は本当に
それでいいんだな?」  


「その質問は
そのまま会長にお返しします」  


シェパードは強気な姿勢を崩さなかった。
絶対に屈しないという態度の裏には、私情が絡んだ伏線も織り交ざっているのだろうか。

土佐犬はフンと鼻を鳴らすと、  

「わかった。 じゃ、亀井と代われ」  


腑に落ちないとも、根負けしたとも取れる態度で交代を指示した。
立ち上がって部屋を出るシェパードを慌てて追う。


とても土佐犬の顔を確認する気にはなれなかった。
目を合わせたところで、その眼光は想像できる。
何故、喋ったんだ?、と。

その眼光に耐えうるハートは、まだ持ち合わせてはいない。  


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