ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間



「これ、僕が言ったって 絶対に言わないでくださいね」  

周囲を気にしながら念入りに前置きをした上で、コリーが重い口を開く。  
もちろん、誰にも言わないという表情で沙希は頷いた。


「2年前、
新川恵美さんって女性が企画部にいて
その新川さんが鷲尾産業の担当でした。

彼女は……

彼女は大和部長と付き合ってました。

すごく綺麗な人で、仕事もデキたんです。
会社では社内恋愛は禁止ですから、
公にはしてなかったですけど、
周りはみんな知ってました。
でも、誰も咎めなかったんです。
美男美女のお似合いのカップルですからね。
いずれは結婚するんだろうって思ってました。

ところがです。
ある日突然、
出社した新川さんが辞表を出したんです。
大和課長も…
あ、その時はまだ課長だったんですけど。
すごくビックリしてました。
二人の間に何かあったのかなって
思ったけど、そうでもないらしくて…
ビックリするの当たり前ですよね。
恋人がいきなり辞表を出したんですから。

でも、新川さんは淡々とした感じで
辞表を置いたら、
そのまま出て行っちゃったんです。
すぐに部長は新川さんを追いかけたんですけど…
でも、すぐに項垂れて帰ってきました。
周りも見て見ぬフリでした…」  


そこまで一気に話し終えると、コリーは沙希の方を向いて付け加えた。  


「それからなんです。
部内があまり会話をしなくなったのは…」  


「そう……そんなことがあったんだ。
二人に何があったんだろう?」  


「さあ、わかりません。
部長も次の日には何事もなかったように
いつもと変わらずに仕事してたし
それにその事があったすぐ後に
課長から部長に昇進したんです。
だから、余計に誰も何も訊けなくて…」  


「へぇ~、そうだったんだ。
部内の雰囲気の事訊いたとき、
魚谷君、話しづらそうだったけど、
そんなことがあったんだね。」  


コリーは冷めたコーヒーを一気に飲み干すと  


「鷲尾会長の女癖が悪いかはわかりませんが
新川さんが辞表を出した前日の夜、
彼女は鷲尾会長の接待に行ってたんです。

部内の皆はどう思ってるかわからないけど、
僕はそこで何かあったんじゃないかと思うんです。
でももう、今となっては過去の事ですけどね。

だから、村上さん、

確定の証拠はないですけど、
鷲尾会長には気をつけてください」  


そう付け足してコリーは心配そうに沙希を見やると、カップをゴミ箱に捨ててフロアへと戻っていった。
立ち去るコリーの背中に向かって、  


「教えてくれてありがとう。」  


と沙希は御礼を言った。




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