うさみみ短編集

掠れた高い声は優しげな雰囲気と可愛らしさを引き立てる。
僕の顔は自然と微笑んでしまっていた。


「帰省です。東京から戻ってきたんですよ」
「あら、そうなの。そんな遠い所から大変ね」

彼女は労いの言葉をかけてくれる。


「貴女は、これからどこへ?」

「ええ、この先の駅へ。主人を迎えに」

そういうと、僕の開けた窓へと彼女は視線を移した。

少し寒かったのだろうか?置いていた膝掛けに手を入れるしぐさを見て、僕は窓を閉めようと手を伸ばした。


「あ、良いのよ。そのままにしておいてくれる?」
「え……でも……」


彼女の意外な言葉に、僕は困惑して視線を泳がせたが、彼女は車窓からの景色を見つめながら、掠れた声で呟く。


「たまには、こうして風に当たって列車に乗るのも良いわよ」


互いに目を合わせて、どちらともなく微笑みあうと、再び二つの視線は景色へと向かっていた。


「次の駅はね、幸せ岬というのよ」

田舎町を見送りながら、彼女はぽつりと呟いた。
彼女は刺繍を胸に抱くように抱えていた。

「海にも山にも囲まれた素敵な村よ。若い子は何もないと言うかもしれないけれど、私は好きな場所なの」


「旦那さんも、そこが好きなんですか?」

「そうね。あの人は、あの村で育ったから、きっと人一倍愛着があるでしょう。海があんなに綺麗に見えるところは、中々無いもの」


流れる町の移り変わりの途中で途切れた彼女の声よりも、飛び込んできた深い青とエメラルドグリーンの混ざる広い海。
白い波を作りながら、日差しを浴びて輝く水面の光景に僕も息を飲んだ。


「綺麗ですね」


僕がもっと小さな子供だったら窓枠へ身を乗り出していたのではないだろうか。それほどに美しい景色だった。

「そうでしょう?この海は変わらないわね。昔も今も……これからも」

僕は目を閉じてすうっと深呼吸すると、深い潮の香りが身体中を巡った。
僕がこうして遠くに行っても、喧騒の中に過ごしても、この海は変わらず、ゆったりと波を作り、大きな姿のまま、ここにいる。


彼女や、旦那さんも、どこに居ても、何があっても、この変わらない海が、彼女達の癒しであり、生き甲斐なのだろう。


「次は幸せ岬、幸せ岬……」


車掌のアナウンスと共に、彼女は小さな体をゆっくりと起こし、鞄を手に取ると僕に浅く頭を下げた。


「お兄さん、話相手になってくれて、ありがとう。お家で長旅の疲れを、ゆっくり癒してね」

「こちらこそ、ありがとうございます。お元気で」


僕も彼女につられる様に頭を下げると、彼女は微笑んで幸せ岬で下車してしまった。


残された僕は、椅子にもたれ掛かる。プシューっと自動ドアが閉まると、止まっていた景色は再び流れ出す。


彼女との出会いは、ほんの僅かな物だったけれど……。
僕は胸のなかに温かい物を得た気がした。


二度と出会えない僅かな時間と掛け合いのなかで、僕を乗せた列車はまた走り出す。



一期一会という、素敵な旅だ。
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