うさみみ短編集
「飛べるの?」
僕のごく自然な問いかけに「飛べるさ」と堂々と言い放った。断言に近い。



プロペライダーは、以前僕に顔を近づけたり、逸らしたりを繰り返しながら、偶に白く積み重なった入道雲を見つめて呟いた。


「お前はいつか、俺が怖くなくなって、俺の声も聞こえなくなる。



 そして、俺の言う事が馬鹿馬鹿しいと鼻で笑う奴らばかりだ。


 
 人間はそんな単純な馬鹿ばっかりだ。でも、俺は違うぞ。俺はお前らに従ってるだけじゃないんだ



 いつか飛ぶさ、絶対に、だ」




決意だった。プロペライダーは悪の軍を倒す決意をするかの様に、まるで宣戦布告の様に僕に宣言した。




僕は何だか嫌な気分だった。なぜなら、彼の言葉が僕らを馬鹿にした、見下した様なものだったからだ。




僕は声を大にした。目を精一杯吊り上げて、僕はプロペライダーに噛み付く勢いで叫んだ。


「馬鹿にすんな!僕は、お前の言った事なんて鼻で笑ったりしないもんね!
 僕は、お前の声がまだずっと聞こえるもんね!」





必死に言い返したせいか、夏の日差しの気温のせいか、僕の頬はじっとりと透明な雫が噴出していた。




「ほう」と面白がるような言葉を、プロペライダーが発した気がする。最後に。本当に最後に。











また夏が来る。いい加減暑苦しいと思いながら、クールビズに乗り切らない会社の為に、僕はまたネクタイを丁寧に締めている。




この締め付ける圧迫感を未だに好きになれないが、彼女が買ってくれたものなので、むげに捨てられない。




鏡の前で僕はそれを締めようとしていると、鏡に反射してうつる大きな目玉。
プロペライダーだ。


「また夏が来た。そういえば、僕は昔どうしてお前が怖かったのかな?
 こんな便利で安いもんは無いだろうに」





大きな目玉にはもう見えない。ただ現在の僕の目には、便利であるものでしか映らない。




大きなプロペラは、空を飛ぶわけでもなく、ただそこに涼しい風を人間の僕の為に運んでいるだけだ。




僕は何気なく、歩み寄ってプロペライダーに手を乗せた。


「プロペラがあれば、空を飛べるってわけじゃないだろうに」



ぽんっと軽く首の回転スイッチを叩くと、彼はゆっくりと首を回し始める。




まるで「そんな事はない」「まだ俺は諦めないぞ」と否定している様に、ゆっくりと首を振った。
だが、やってくるのは心地よい涼しい風だけ。



声も聞こえない。いや、むしろこんなものが喋るわけがない。
僕は、プロペライダーと向き合うように顔を合わせて小さく笑った。


「馬鹿馬鹿しい」



小さく鼻で笑った空気が、涼しげな風とまじりあって消えた。
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