20代最後の夜は、あなたと
カギを開けるのに背中を向けた私に、


「俺を利用してもいいぞ」


伊勢くんは声をかけ、私を優しく抱きしめた。


「一人で週末過ごせるのか?


俺でよければ、遊園地でも映画でもカラオケでもつきあうけど。


もちろん、何もしねーし」


そこで初めて、こらえていた涙があふれた。


この涙は、課長に裏切られた悲しい涙なのか、伊勢くんの優しさにふれた嬉しい涙なのか、よくわからなかった。


「ありがとう」


「俺は、そんな風に泣かせたりしない。


俺じゃ、ダメか?」


いま伊勢くんに寄りかかれば、きっと優しく受け止めてくれる。


でもそれは、伊勢くんのことを真剣に考えてからじゃないと、失礼だ。


「子どもじゃないんだから、平気だよ」


「わかった、また連絡するから。


しんどくなったら、何時でもいいから連絡しろよ」


伊勢くんは抱きしめていた腕をゆるめ、私が部屋に入るまで見届けてくれた。




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