黙ってギュッと抱きしめて
 いつも翼は鞄に文庫本を携帯している。することもないので、着替えを用意した後はそのままベッドの傍に腰を下ろして読書を始めた。
 1時間くらいたったころだろうか。ベッドの方から音がしたのは。

「ん…。翼…?」
「あ、起きた?」
「ん…。うん。」

 翼は額に手を乗せる。残念ながら熱はまだ下がっていないようだった。そして汗がすごい。

「きついかもしれないけど、着替えれる?汗びっしょりで、気持ち悪くない?」
「ん…着替えたい。」
「起きれる?」
「翼、首貸して。」
「首?」
「ん。」

 翼が少し前のめりになって遥の方に寄ると、遥の腕が翼の首に回った。

「っ…わかった。このまま起こせばいいのね?」
「ん。」

 翼はゆっくりとそのまま遥の身体を起こす。背中にそっと手も添えた。

「あっつい…。」
「だよね。うわぁ…汗すごいなぁ。」
「脱がせて?」
「へっ!?」
「だって翼、遠慮なく甘えてって。」
「言ったけど!」
「だから、脱がせて。」
「っ~!」

 別の意味も含んでいるように聞こえてしまうから、中途半端に大人になるものではない。翼は口をきゅっと結んで、遥のシャツに手を伸ばした。ばんざいの姿勢をとる遥の腕からシャツを抜いて、遥の身体からやっとの思いで服を引きはがした。

「な、なんで下に何も着てないの?」
「熱かったから?」
「意味わかんな…ちょっと待って持って…わぁ!な、どうしたの?」

 遥の身体が傾いだ。そして翼の身体をぎゅっと抱きしめる。

「ちょっと待って、今頭ぐらっとしてる。」
「う、うん。」

 心配になって背中をさする。しばらくして、遥がゆっくりとその手を緩めた。

「…ごめん、邪魔して。」
「大丈夫になった?いきなり身体起こしたから貧血っぽくなったんだよね?」

 翼は遥の顔を覗き込んだ。余裕のない表情は本当に珍しい。そしてふと気付く。ネックレスの先に光る指輪。

「え、指輪、ここにあったの?」
「ん?」
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