優しいスパイス
ザー、と。
透明ガラス張りの壁を、雨水が叩きつけている。




サンルームのように天井と壁がガラス張りになっているこのカフェテラスは、大学ご自慢の空間らしい。



入学前に取り寄せた大学のパンフレットには、このカフェテラスの写真がこれ見よがしに大きく載っていた。


それを見て、入学したらここで昼食を食べられるんだ、と夢と憧れを募らせていたのが懐かしい。



今や、この場所で香恋と食べる昼食は、ごく当たり前の日常。



午前の講義が終わったら購買で昼食を買い、学部の違う香恋とこのカフェテラスで落ち合って一緒に食べる。



そんな、流れ作業のように訪れる、何の変哲もない楽しい時間。



――――いつもなら。







今日は違う。




俯きがちに向かい合って座る私と香恋の間には、丸いテーブルの上に置かれた二つのレジ袋。


中に入ってる購買の昼食は、どちらも全く手をつけられていないまま。



私も香恋も、ここに来てから一言も声を発していない。



ぎこちない空気だけがお互いを探り合っている。





何か言ってもいいのかな。

どのタイミングで?



考えれば考えるほど、難しくなっていく。



それはきっと、香恋も同じなんだろう。



いつも人懐こくて明るい香恋が、こんなに弱々しく無口になるのは初めてだ。



何かを吐き出そうとしては戸惑う香恋の息遣いが、雨音に混ざって聞こえてくる。



私から何かを言ってもいいんだろうか。



昨日から決心は揺らいでいない。



だけどそれを口にしようとすると、何かが必死にそれにしがみ付いて引き止めてしまう。



息は音を乗せないまま、薄く吐き出されていくだけ。



もう、それを何度も繰り返して、激しくなる雨音を聞いていた。
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