優しいスパイス
話を聞いてほしい。



心の中の声が、そう訴えた。



じんじんとそれが痛みのように、胸の奥を刺激する。







そんな私の心を見抜いたのか、無表情な彼の流し目が、ふ、と僅かに緩んだ気がした。





「いいよ」




低い声が、鼓膜を優しく揺らす。



その振動が胸の奥まで伝わって、ぎゅっと何かが切なく痛んだ。




「わ、たしっ」



吐き出した声が、静かな階段に反響する。



「……失恋、しました」



音にしたその言葉は、思ったよりもズッシリと重く、後から胸の上に乗っかった。






「そう」



驚きも戸惑いもしない、落ち着いた声が返ってくる。



それがなんだか心地よく胸に響いて、奥に閉じ込めていたものが、溶け出すように広がった。



「好きな人と親友が、今日付き合うことになりました」



吐き出す息に乗っかって、口から言葉がこぼれていく。



「二人はみんなから祝福されて、私はそれを傍観者のように見ていて」



音になった言葉を、意識が順に追っていく。



「恋人繋ぎ、とか、あんな表情、とか、見ていたらっ……」



喉の奥に何かが詰まって、すんなり息が吐き出せなくなった。



第二講義室の前で見た、二人の光景が脳裏に浮かぶ。



二人の周りにはたくさんの人がいて、私もそこにいた。


だけどまるでそんなの何も見えていないかのように、二人はお互いを見ていた。



香恋は私に、そんな顔を見せたことがあった?





喉の奥がヒュっと音を立てて、何かがこみ上げる。




「ううっ……」



まるで呻き声のような声を出して、詰まった息を無理やり吐き出した。



その瞬間に、抑えていた感情が勢いをつけて溢れる。



「ふぅっ……う、うぅっ……」



喉の奥が熱くなって、ツンと鼻の奥が痛い。



制御も効かないまま、熱い水が目から溢れてくる。



「ふぅ、はっ……うぅ……」



苦しい呼吸に押されて出てくる不恰好な嗚咽を自分の耳で聞きながら。


視線を正面の小窓に向けて、泣きながらオレンジ色の空を眺めた。




彼は隣で何も言わないまま、ただ、ずっと私の嗚咽を聞いてくれていた。
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