優しいスパイス
天文研究サークルの活動している講義堂から、ふと窓の外を眺める。



ここはクーラーのおかげで涼しいけれど、外は夕方でもまだ暑くて明るい。



ぱきっと晴れ渡る紺碧の空に、青々と生い茂る木々。



窓越しに聞こえてくる蝉の声が、夏を強調させる。



七月の中旬。



綾月に告白された日から、もう一ヶ月が経とうとしていた。



あれから私は“あの人”と会っていない。



借りたハンカチも返しそびれたまま、ずっとカバンの中にある。



それを目にするたびに、胸の奥に引っかかったものが肺を圧迫する。



あの人は何者なんだろう。



泥棒だったのか。悪い人だったのか。



もう、会えないんだろうか。



ハンカチも返せていないままなのに。



いや、本当はそんなことよりも、もっと他に会いたい理由はある。



会ったら彼に問い詰めたいことが山ほどある。



私は彼に会わなきゃいけない。



そんな使命感を胸に抱いて、以前彼が待ってくれていた七階の階段へ赴こうとしたこともあるけれど。

七階に辿り着く直前になって、もしそこに彼が居なかったら、と、怖くなって後戻り。



校内でふと見かける背の高い男性全てを、彼かもしれないと振り返っては、別人であったことに落胆する。



そんなことの繰り返し。



夜、また彼が家に来るんじゃないかと眠気と戦いながら待っていたこともある。



彼に会えない。


それがこんなにも胸に何かを詰まらせるとは思わなかった。



彼が居た感覚もおぼろげになってきて、現実だったのかすら怪しい。


空気を掴むような、ふわふわしたあてのないものを、必死に追いかけている。



せめて名前さえ教えてもらっていれば、心の支えになったのに。
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