真心の愛を君に......。 〜 運命の恋は結婚相談所で ~
部屋へ戻った理由は、無論、着替えることが真の目的ではなかった。

彼が贈ってくれたエンゲージリングを手にするため。

でも、卑怯者で臆病な私はギリギリまで傷を負うことを拒んでいるから、正直に「あなたが贈ってくれたエンゲージリングを返すから、部屋まで取りに行く」とは言わなかった。

それだけじゃなく。私は広務さんに過去のことや、カフェで一緒に居た女性について一切追及することなく、別れる.......。

広務さんから真意を聞く勇気がない。出会った頃のまま、思い出のまま、......好きな男(ひと)のまま、私の前から居なくなってほしい。

部屋へ戻りエンゲージリングを手にした私は落下するエレベーターに独り身をあずけて、自分の胸の内と向き合った。

結局、私。広務さんを変わらず愛してる。

でも、もう.......。

最後の時を告げるように、エレベーターはエントランスに到着の音を響かせて扉を開けた。

「.......ごめんね。お待たせしました」

「いや、大丈夫。行こうか」

ごくごく自然に私をリードする広務さんの手。さっき背中を優しくさすってくれた時と同じ、温かく大きな手だった。

この温もりも今夜で最後。

私は込み上げてきた涙を悟られないように、俯きながら彼の傍を歩いた。

真冬の寒さから守ってくれる広務さんの温もりを感じながら歩くこと少し、マンションからほど近い大手カフェチェーン店に辿り着いた。

紙コップに入ったコーヒーを注文して、客が少ない店内中央のテーブル席に座った。

こんな簡素な空間が彼と過ごす最後の場所になるなんて.......。

「一息ついたら、何か美味しいものを食べに行こう。今から行ける店、探すよ」

広務さんは何も知らないような穏やかな雰囲気でスマホに手を伸ばした。

私は彼と、これ以上歩まないためにと、咄嗟に口火を切った。

「広務さん、私.......あなたと結婚できない」

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