蚤の心臓
テーブルの上にはいつも、飲みかけのリプトンのミルクティーが置かれている。
それからミンティアの束。主食はゼリー飲料で、たまに買って来るおやつがこの2つ。犀麦は出会った時から今日までずっとそんな調子だった。

唯一彼が人間だと思い知らされるのは、玄関に溜まったゴミ袋の山だった。
透明なゴミ袋の中にはひたすら、彼が仕事帰りに毎日買って来るビールの空き缶が詰まっている。たまに日本酒の空きビンが数本混ざっていることもある。
けれど大抵はビールの空き缶。毎日毎日彼が消費するビールの量は合計すれば1Lを超えていて、勿論それだけ飲んで平気なわけもなくこれは立派な深酒で、しかも抗不安薬を常用している彼がそれほどの量のアルコールを摂取していいわけもない。

飲酒をした後の彼はいつも目が据わっていて(元から眠そうな顔つきではあるのだけれど)、いつも以上にぼんやりとしていて、別に暴力をふるうわけでも何か酷い失態を犯すわけでもないのだけれど、それでも見ているこちらが不安定になりそうな程までに不安を煽る酔い方をする。

急性アルコール中毒で運ばれた夜もあった。寝ゲロを喉に詰まらせて窒息しかけたことも1度や2度ではない。二日酔いのまま家を出て出勤途中で倒れたことだってある。
一緒に住む私だけじゃなく、わりと多方面に迷惑をかけておきながら、彼自身はあまりことを重大に受け止めていないようだった。だってお酒好きだし、ってその程度。

彼の幼少期、ご両親がとてもお酒をよく飲む人だったらしい。
あまりに度の過ぎた依存症であるご両親に対して安心感を抱くことができなかった彼は10代で実家を出てホストをしながら食いつないできたようだ。
お仕事柄自分もお酒を飲むようになり、それからはあっという間だったという。ホストを辞めてから部屋に閉じこもっていた頃、どうしようもなさが込み上げてきて部屋にあった料理酒を一気飲みして当時付き合っていた彼女に救急車を呼ばれたという話は付き合ってすぐに聞かされていた。
なるほどなかなか重度だと思いながら、私はそうなんだと頷いた。

彼に生活感だとか人間味を感じることができないのは多分、そういうことなのだと思った。
彼自身、人間らしいことをとても避けて生きている。
人間の三大欲求である食欲、睡眠欲、性欲が著しく欠けている。私は彼のそういうところを好きになってしまった。
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