God bless you!~第7話「そのプリンと、チョコレート」・・・会長選挙
2月6日~「裏切り者」
2月6日。
粉雪。
季節を彩るにふさわしいロマンティックな展開となった今日、朝礼はドス黒い闇の中にあった。
壇上前、候補者が生徒に晒された今日、この日を境に、熾烈な戦いの火蓋が切って落とされる。
永田、重森、その横に俺は並んだ。
約束通り、右川には近寄りもしなかった。見てもいない。
永田、重森の名前が読み上げられると、それに関わる団体が、「ひゅー!」と煽る。飛ぶ。手を叩く。
俺の場合は、少々ザワついた。
3組クラスメートも、バレー部さえも知らなかった立候補。
2組の1番前に立つ工藤が、「全然知らなかったんだけど。オレだけ?」と、恐る恐る呟く。俺は親指を突きだした。大丈夫。今回は、勘違いじゃないゼ。
右川の立候補には、周囲は殆ど無視に近い反応だった。唯一、5組の1番前に並んでいた男子が、「マジかよぉ」と呆気に取られた姿が、俺からも見えた。
5組は、応援をどう展開するだろう。
永田と右川。2つに分裂か。もうハッキリどちらも無視か。
そして我らが3組は……クラスメートをほったらかしの場外乱闘。
ハッキリと分裂状態にあった。
バレー部と吹奏楽部。その2つが、教室の前と後ろにそれぞれ陣取り、3組を訪れる有権者を威嚇しながら、ピリピリと睨み合いを続けているのだ。
いつの間にか雪は形を変え、雨となり、グラウンドをぬかるみに変える。
外コートを練習に充てられている今日、バレー部はバスケ部に頼み込んで体育館の隅を借りる事になっている筈だ。永田から茶々を入れられ、バスケ部員に気を使って遠慮がちに自主トレさせられる羽目になる。
「やりたくねーっ」「下がるぅ」「お腹痛たたたた」
それが好都合に働いたとでも言うべきか、「突然過ぎるっ」と、嘆きながらも、バレー部では(黒川とノリ以外)男女で約15名、俺を取り囲んで準備を進めてくれた。
未だノリの姿は無い。ノリの目は凍り付いたまま、真っ直ぐ俺を突き刺して、微動だにしないのだ。いつかのようにプイと無視されていた頃が懐かしい。
それほど……ノリは怒っている。今はしばらく、そっとしておくしか、時間が解決してくれる事を祈るしか……ない。
今の俺は、それどころじゃなかった。溜め息と同時に、パソコンを開く。
仕方なく、急遽、学校から借りたWINDOWS。かなり古いけど無いよりマシ。
決め事も数限りなくあった。急いで準備しなくてはならないし。
あ……手伝ってくれる応援。今から声を掛けて間に合うだろうか。
バレー部を始めとする自分に関わりの深い輩……というより、それ以外も。
〝意外な人脈〟
実の所、これが1番、肝心なのだ。
3年は大体が受験真っ只中。すぐに駆けつけてくれそうな顔は思い浮かばず……あ!永田会長!……意外過ぎる。バスケ部からブーイングは必至だ。
(俺というより、永田さんが。)
早速、藤谷に向けて、剣持を引っ張るよう伝えたのだが、「それなんだけどさ」と言いにくそうに言葉を濁して、
「キーボードの子が吹奏楽と仲良くて。出来たらそっちって頼まれて」
これは初耳だった。重森に関わっている間も、それは聞いた事が無い。
そう言うと、
「うん。だって、それ絶対断ってねって、あたし剣持に言ったもん」
実際、断ったらしい。
〝スイソーに比べたらスケベの方がマシ〟運動系の女子は大体がそう言う。
だったら俺の応援に!と簡単には行かないようで。
「忙しいからって理由で断っておいて、沢村の応援させる訳にいかないよ」と、藤谷に怒られた。もっと早く言ってくれたら、と来る。
藤谷だけではない。集まったメンバーは口々に、その1語を連発した。
それは、当人の俺が1番、身に沁みている。
どこの候補者もありとあらゆる人気者に声を掛けて応援を頼むのは毎年の事だが、人気者は限られていて、当然、早い者勝ちだ。
「うーん。ちょっと安易に決めらんなくてさ。ごめん」と、曖昧ながらも、さっそく桐生には断られていた。
恐らく永田あたりから突かれているだろう。(重森ではない。それは分かる)
「後は、部長とかキャプテンとか。目立つ奴だね。可愛いコ、誰かいる?」
藤谷は、剣持を準備できなかった悔しさをバネにして、さっそく他をあたってくれるようだ。
その時、後ろから、重森を筆頭に吹奏楽の面々が近づいてきた。
音はしない。だが気配だけで気が付いた。相手にしないと決めている。
「おまえは役者だなァ」
第一声は、重森の声ではなかった。
「裏切り者」
これは女子部員。
2人は舌打ちして離れた。
重森だけは引き下がらない。これも気配で分かった。
「おまえらさ、こいつを信用してるとバカ見るぞ」
重森はそこから一歩前に出て、
「沢村は当選しても辞退する。絶対する。……委任状だよ。委任状さえあれば、あの右川にも、まだチャンスがあるからなぁ!」
次の瞬間、俺は書類をパソコンごと薙ぎ払って立ち上がった。
手に取った誰かの教科書を、怒りの赴くままに投げつける。
それは重森の頭スレスレを掠めて後ろの壁に激突、辺りに破裂音を響かせた。
「今後一切、俺の前で右川の話はするな!」
辺りは静まり返った。
重森は足をもつれるように3組を逃げ出す。
右川の名前を聞くだけで、思い出すだけで、自分がどうにかなりそう。
どうにも気持ちが収まらない。
仲間の前で、大人げない事をして……急に恥ずかしさが襲ってきても。
〝ごめん〟
それが、どうしても声に出なかった。
「その額の傷、どうしたの」
散らばった書類を拾いながら、唐突に話しかけてくる女子がいて。
……桂木ミノリ。
これは右川に投げつけられた、石の跡。
「さっき重森が言った事だけど、沢村は、そんな事しないよね」
「え?」
「委任状が、どうとかってさ」
「あぁ……しないよ」
委任状を取るということは、たとえ当選したとしても辞退して、その得票数を誰かに譲るという事だ。バスケ、吹奏楽以外が当選しそうな時に裏でよく取引に使われていたらしい。
俺の得票数、何でくそチビなんかに与えなければならないのか。
どんな罰だ。
「ちょっと大変だけど、急いで頑張ろうね」
「うん、ありがとう……って。え?」
「5組の桂木ミノリだよ」
知ってる。だけど、何で。
「バスケ部だけど、沢村を手伝いたくて。そういうの、やっぱダメかな」
少し離れた所に居るバレー部員を気にしながら、桂木はこっそり呟いた。
バスケは吹奏楽よりはマシ。マシという域を出ない。
女子は特にその線引きが厳しい。
バスケ……その上、5組。
様々な領域と線引きが、俺の脳裏を駆け巡った。悩ましい所だが、単なるお手伝いと思えば。そして、今はネコの手も借りたいほど。
文化祭実行委員などの功績からみて、桂木は、人気者とは言い過ぎだとしても、中核と言える身分には入る女子なのだ。
俺が答えを迷っている間に、桂木ミノリは散らかった書類を全て仕分けて、まとめて寄越した。
「あたし、明日までに……集めてくる。任せて」

< 26 / 66 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop