God bless you!~第7話「そのプリンと、チョコレート」・・・会長選挙
たった3行
放課後、俺は3組に居続けた。
応援の殆どは今日も四方に散って頑張ってくれるらしい。
だが、「今日はバイト」「塾に行く」「合コンの予定」と言い出す輩も現れる。
「だって、もう沢村で決まりだろ」というのが理由のようだ。
どうしてそこまで自信満々なのか。そうやって油断していると、寝首を掻かれる。俺は常時、そういう危機感の中に居たいと思うんだけど。沢村がまた硬い事言い出した!と、温度を下げるのも困ると、もう何も言わずにおいた。
誰も居なくなった3組に、約束通りの時間、桂木がやってきた。
「ごめんねー」と謝ってはいるが、目は笑っている。
理由は〝ツマんない〟。
「周りもさ、ツマんないツマんないって、ちょいちょい使うじゃん?」
そんな話をクラスでしていたと言う。
「それを沢村に言ったらスイッチが入って殺されるよ!って聞いちゃって」
さっそく、チョコ&アメを吹き散らして俺の顔中を汚してくれた言い訳を、カマしてくれた。
まさか本人からその言葉を直接聞かされるとは予測できず、思いがけず桂木自身にスイッチが入ってしまったという事だろう。
笑いの収まらない桂木を見ていると、「誰が言ってんの、そんな事」と、こっちはマジでスイッチが入りそうになった。桂木は、「分かるくせにぃ」と、ワザとらしく謎めいて見せる。
〝沢村に殺される〟
そんな事を云う輩は1人しかしない。
話題を逸らそうと(でもないけど)、そこで桂木に演説の草稿を渡した。
一応、最終稿。学校のパソコンで清書している。
桂木は、持ち込んできたファイルを机に置き、ブレザーのポケットから赤ペンを取り出し、2~3枚から成るそれを開いてジッと覗き込んだ。
まるで赤ペン先生。
これまで誰にも読んでもらった事が無い。ノリでさえ。
恥ずかしい事この上ない。
桂木を待ってる間、微妙な空気を、俺1人が持て余して落ち着かなかった。
だからという訳じゃないけど、「桂木は、誰かにチョコあげるの?」
ちょっと雑談に紛れてみる。
「知ってるくせに」
桂木は、いたずらっぽい目線を投げ掛けた。
誰?と、バッくれるにも限界がある。
俺は辺りを見回して、誰も居ない事を確認すると、
「桐生?」
そこで桂木は思いがけず驚いて、というか混乱して、赤ペンのラインを用紙の端から端までピーッと引いてしまう。「あ、ごめん!」
それを見た俺の方が動揺して、「うあ、ごめんっ」
「いや実は、色々、風のうわさで知ってさ」
桐生の応援は、何処に出向いても人気爆発。それは桂木を(俺も)たいそう喜ばせてくれるのだが、演説草稿やら、選管とのやり取りやら、選挙に関わる重大な話となると、加われない。「何か、ややこしいな」と、がっくり項垂れる姿が目に焼き付いている。
意外と一途で切ない。
「あいつを振るなんて、勿体ないな」
思わず、本音が出た。
桂木は草稿をスッと横に置いて、
「たしかに桐生くん、せっかく言ってくれて。選挙も協力してくれて。それはもう分かるんだけど……桐生くんと付き合ってる自分が、どうしてもイメージできなくてさ」
〝体質が違う〟という理由で桐生を断ったとは、聞いていた。要するに、根本的に違和感があるという意味だろう。それを、桐生はまったく別の意味に取ってしまう訳だが(失笑)。
「沢村は?今、誰か居る?」と、ついでのように訊かれて、
「聞くなよ。これだけ一緒に居たら分かるだろ」
メールも無い。誘いも無い。
女子の面影、そんなの影も形も無い。チョコレートも無いだろう。
思えば2度の、あの時。魔が差した、あの時……早まらなくてよかった。
右川とどうにかなる自分が、今一番イメージできない。見た目も体質も性質も、根本的に大違い。今思えば、勢いと焦り。あの時自分はどうかしていた。
「これ、後で読んでい?」
「うん」
桂木は草稿を丁寧に畳んで、「1部コピーさせてね」と言いながら、透明ファイルに挟んだ。
「で、明日の演説だけど」
これは一応、作戦会議でもあるようで、桂木はキリッと眉根を据えた。
「重森は爆弾を用意するタイプじゃない。面白くないから敵じゃない。サラッと流そう」
聞いてると、まるで俺自身が言われているような気分だ。
「意外に、やってくれそうなのが永田なんだよね」
「そうかな。緊張でフッ飛んで、まともな事の1つも、まともに言えないような気がするけど」
「それが可愛い~とか言われて。やんちゃな感じが1部の先輩と後輩のウケが良いの」
そうなのか。
「永田劇場に乗せられないように、みんなには釘を刺しておくかな」
ツマんない俺は、そういうジャンルで永田と戦える位置には居ない。
不安になって思わず吐露すると、
「それでいいじゃん。沢村らしいよ。真面目1本。沢村の言う通り、真面目な子が真面目に考えて支持してくれるって」
やっぱ真面目にコツコツやる奴が、最後には勝つべき!
天に向かって、桂木は拳を振り上げた。そのあまりの迫力に、嬉しいのと恥ずかしいのもゴチャ混ぜになって、俺はつい笑ってしまう。
桂木は、「良かった。スベらなくて」と満足そうな笑みを浮かべた。
「よかったな。俺と違って」
「あ、忘れてた」
と、そこで桂木はファイルから、レポート用紙を何枚か取り出した。
「一応、50くらいパターンがあるんだけど。参考になるかな」
そこには、パソコンも真っ青の、たいそう整った綺麗な字で演説文句がいくつか並んでいる。
「すげー……」
こう言う事なら、もっと早く相談すればよかった。
〝みんなと真心で繋がって〟
〝いつも余裕を持って、見守る。そんな会長に〟
そして、これは永田に捧げるには、あまりにも文体が綺麗過ぎる気がした。
「これって、俺に……考えてくれてたの?」
桂木は、ちょっと言葉に詰まると、「考えたのもあるし、どこかで聞いて心に残った文とか歌とか、引用してみたんだけど」と恥ずかしそうに目を反らす。
「別に、沢村のためって訳じゃないよ」
「そんな、思いっきり拒絶に近い全否定しなくても」
フォローをしている間にも、見る見るうちに、桂木の顔から耳から首の辺りまでが、ぱあっと赤く染まって……恥ずかしさとは違う。自分の認識とは、根本的な違和感を感じた。
同じような感覚が過去にも、あった。
こう言う時、思うのだ。桂木ミノリは、ひょっとして。
「おっやぁ~~~?」
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