God bless you!~第7話「そのプリンと、チョコレート」・・・会長選挙
滅多に聞けない最低発言

放課後。
例えそこが、永田バカの居るクソやかましい体育館であろうが、氷雪の残る極寒の外コートであろうが、この所、俺は毎日部活に励んでいる。
3学期は3カ月先の学年末試験までテストが無い。生徒会行事の谷間にあたり、準備も何も切羽詰まっていない。3年がほぼ引退とはつまり、2年の天下。好条件が揃いに揃って、思いっきり部活をエンジョイできるのは今しかない!
体育館をランニング。腹筋と背筋を100回ずつ。その他の準備運動をサッサと切り上げ、ノリとのタッグを思いっきり楽しもうとした所に、「ノリ吉ぃ、たまにはオレと、はぁはぁしよーぜ」と、黒川が先回りしてノリをさらって行ってしまった。仕方ないので、工藤と一緒に1年生のシゴキに加わる。
フェイント攻撃とアタックを交互に繰り出して後輩を翻弄していると、
「てめぇら、声出せよ!」
黒川が大声を張り上げた。
それがあんまり突然で、1年よりも工藤の方が驚いてビビって頭を庇う。
いるよなぁ。先輩が居なくなった途端、妙に張り切るヤツ。
黒川め。よく言うよ。ついこないだまで、3年から「声を張れ!」と散々言われたヤツが。
そこでノリと目が合って相通じると、どちらからともなく笑った。
その後、コート半々に分かれてサーブを叩き出す。フローターとジャンプサーブを、くたくたになるまで叩いた後、アンダーサーブでどこまで天井に近づけるかという競争になり、
「工藤さん、惜しいッ!」「うおお!あとちょっとでゲット!」
横から後輩の石原が遠慮がちに寄って来て、
「前から気になってたんですけど、あそこに1つ引っ掛かってますよね」
言われて見れば、確かに天井の鉄柱にボール1つ、すっぽり挟まっている。
「うし!オレ様が救い出してやるゼー」
工藤がやる気満々なのだが……「止めとけって」
その少し先にまた1つ、挟まっているボールが見えないのだろうか。
恐らく同じように誰かが試みて、ミイラ取りがミイラになってしまった、その結果だ。
救い出す所か、コントロールが利かずボールに辿り付けない工藤の奮闘を眺めて、これ以上ボールを犠牲にする事は無いと安堵する。俺は石原を捕まえて、レシーブに遊ばれてやった。
そこに、恐らく女子バレー次期エースで部長の藤谷が、「ねー、ヒマ?」と、スリ寄ったと思ったら、
「女子の練習相手になってくんない?」
と来る。いつも男子を叩き台としか扱っていない。
たまに、「しょうがねーな」とばかりに遊んでやるのだが、当然と言うか、オハナシにならない。
何と言ってもネットが低い。男女では身体能力にも歴然とした差がある。
普段から鈍くさいと小バカにしている工藤から、スパイクを頭上ほぼ直角に叩きこまれて、藤谷はその場に潰れた。
「もお!ちょっとは手加減しなよ!」
そうなると、これのどこか練習と言えるのか。
すぐ横ではノリの高速サーブに弾かれて、「痛ぁ~い」と、甘い声を発して1年女子がうずくまった。すると黒川がノリノリで、「優しくしてやるぜーお兄さんは」と、うわ手に手招き、この時とばかりポイントを稼ごうと躍起になる。
そうやって一方的にスリ寄っているのは黒川の方なのに、すぐ横の体操部とかバスケ部辺りからは、「男子の前で態度イッちゃってるよ。ウザい。生意気」と陰口叩かれ、目を付けられるのは1年女子の方だから……切ない話だ。
後輩女子の無邪気な、きゃっ♪きゃっ♪を聞きながら、
「あー……そろそろ、ヤリてぇな」
さっそく黒川が邪な愚痴を躍らせる。先輩が居ないと、こうも弛むのか。
「声がでかい」
俺は、後ろから黒川に一発お見舞い。そうでもして喝を入れておかないと、運悪く黒川と並んでいるノリまでもが、女子から人格を疑われてしまうだろ。
「あれ?男子って、今日は外じゃね?」
と、そこで同輩女子から予定表を見せられた。
「あれ?そーだった?」
と、工藤がトボけてというか、マジで勘違いしていたらしい。
「あ、ほんとだ。外だ。ゲッ」
体育館と信じ込んで、半分はネットを張ってしまったというのに。
そこで俺は、すかさず、
「次期レギュラー総動員で、女子をシゴいてやろうか」
今なら気持ち良く遊んでやってもいいんだけど。
だが藤谷は、「今日は1年とシャッフルして遊ぶ事にした。あんた達、要らない。出てけ」と言うので(何て言い種)、仕方なく外に追いやられてやるよ。
すごすごと、俺達は体育館を後にした。
この時期の外コートは、動いているうちは自動的に体がクールダウンされて都合いいのだが、動きを止めた途端に急激に熱を奪われ、震え、凍り付く。その危険度はハンパない。
俺達は寒さを吹き飛ばそうと、すぐにアタック連打に入った。
だが黒川は練習をそっちのけで、ランニングから戻ってきたらしいテニス部をジロジロと眺めている。お気に入りの寺島さんという後輩を見つけて、軽~るく手を振って見せた。
「ヤベぇ。もう我慢できねー……出したい……悶絶」
地の底を這うような呻き声を上げたかと思うと、「もう寺島ちゃんじゃなくていい。2組の谷田とか市橋とか、あのレベルでいいや。オッパイだけ星人の橋本カオリでも許す。この際、顔なんかどうでもいいよ。4組の折山が無理なら、右川でもいい。チッパイでも1回なら我慢してやる」
滅多に聞けない最低発言。いっそ清々しい。はっきり軽蔑。
俺はノリと一緒になって、半径3メートル以上に遠ざかった。
それこそ大きな声で寺島さんに堂々と聞かせ、きっぱり振られちまえ。
「右川さんが、黒川みたいな男子を相手になんかしないよ」
「ノリのそれに1億円」
あいつは今でも山下さん一筋だ。
冬休み中、1度訪れた右川亭で、「休み中、カズミは自宅に戻ってるんだよ」と、山下さんから聞いた。おおかた、「正月ぐらい家に帰れ」と、山下さんに言われて渋々従ったんだろう。
帰り際に、「君さえよかったら、これからもカズミと仲良くやってよ」と、いつもの謎の期待感を吹き込まれて……外堀を埋められて、このまま、もう逃げられなくなる。そんな気がする。
思えば、山下さんに頼んで右川を強引に立候補させようと考えた事もあった。だが今となっては、俺はどうしてもそんな気になれない。自分の都合はさて置き、山下さんとは誠実に、正しい事で繋がりたい。今も、そう思うからである。
「右川さんには、今ここに、ちゃーんと彼氏も居るんだし。な?」
「1億没収」
寝言は寝て言え。浮かれた噂に身内まで騙される必要は無い。
試合形式が始まった。
メンバーをシャッフルしてコートに散らばると、そこに、ひょいと例の寺島さんがやって来る。
黒川が1人、嬉しそうに走り寄り、だがすぐにこちらに取って返すと、「呼んでるし」と、俺に向かって指図した。
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