芳一類似譚





耳飾りの次は耳。この男はまた、妙なものをねだる。
みな青ざめているけれど、これはただの言葉の綾だ。

「言いたいことがあるのでしょう。構わないからこちらへ」

ざわめきを断ち切る冷めた声で言い放つと、誰もが不満を口の中で繰り返しながら、それでもしぶしぶ諾と意志を示した。

もったいぶりながら御簾が持ち上げられ、平身低頭する若い男の姿が見える。

「顔を上げて、早く済ませてください」

わたしの命に従った彼を見て、他には何も見えなくなった。

あなたは……!

わずかに弧を描いたまなざしは、わたしの驚きを予想してのものだった。
背が伸び、声が低くなり、取り巻く環境が変わっても、昔と変わらぬ真っ直ぐな瞳と、芯の強さが現れた口元。

衣擦れの音をさせながら、彼が近づいてきて、すぐ目の前でもう一度深い礼をとる。
話を聞くだけならば、この距離で十分。けれど、

「……望みは『耳』なのでしょう?もっと、こちらへ」

着物どうしが触れ合うほどに近づき、「では、お耳を」と右側に回られると、気配が一段と濃くなった。

熱い吐息とともに囁かれたのは、とても懐かしくやさしく、身分など関係なくこの人にしか許していない言葉。
それは長い間沈黙を続けてきたわたしの心を、高らかに鳴らした。
間近で見つめる瞳は、あの頃と変わらず、わたしだけを映して揺れている。

「あなたになら、両耳を切り取って差し上げたって構わないのに。わたしのすべてを望んではくださらないの?」

「もう私には、姫さまをいただけるような身分はありません。こうして、ただ一度想いをお伝えできれば十分です」

「だったら、もう生きている甲斐などありません」

彼はそっと抱き締めるように、自分の胸に手を添えた。

「生きてください。これからどのように生きられても、どなたに嫁がれても、いちばん大事なものは、十年以上も昔にいただいておりますから」


褒美によって、吐息が届くほど近づくことができたけれど、それでもわたしの瞳に浮かぶ涙を、拭ってもらうことすらできない。
あまりに隔たった距離に、わたしは絶望したというのに、彼の心はそれでも変わらなかった。


長いやり取りを不審に思ったざわめきに気づいて、彼は静かに離れる。
腰元で、あのすずやかな音が鳴った。

下げられていく御簾の隙間から、切実な声が滑り込む。

「望む形ではなくなりましたが、お側におります。ずっと」

褒美を与えるのは、わたしだったはずなのに……。




何かを問う声や、罵詈雑言、わたしを呼ぶ声もあったけれど、それらはまるで蝉時雨のようにただの景色に溶けた。

わたしの心には、残された約束と彼の少しだけ擦るような歩みに寄り添って揺れる耳飾りの音以外、届かなかった。






 了


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