君の思いに届くまで
3章
3章



これから琉の大学の居場所になる研究室の扉を開けた。

「ありがとう」

琉は私に微笑み頷くと私が開いた扉から中に入っていった。

扉の一番奥に縦長の西洋風の窓がある。

琉は、アタッシュケースを自分のデスク横に置くと、その窓から外を眺めた。

「丁度大学の中庭が一望出来る場所だね。とてもいい場所だ。気に入ったよ」

琉の横顔は5年前とちっとも変わらなかった。

窓の外に目をやりながら、琉は自分のジャケットを脱ぐ。

ボーッとしている場合じゃない。

私は慌てて琉のジャケットを預かりに行った。

「お預かりします」

私が手を出すと、琉はそんな私を不思議そうな顔で見つめた。

そんな目で見つめられたら、泣きそうになる。

「いや、自分でやるよ。ここにかけとけばいいのかな」

そう言うと、デスク横のハンガーに自分でジャケットをかけた。

「すみません」

「何を謝ってるんだ。自分のことは自分でするから。君にはまた頼みたいことが山ほど出て来るだろうからその時はよろしく」

琉は私の泣きそうな気持ちも知らぬまま、優しく微笑んだ。

「君」って私のことを呼んでいた。

あの日は初めて会った日から「ヨウ」って呼んでくれたのに。

ハンガーに掛かったジャケットからほんのり香る匂い。

琉の香りだ。

何度も、何度もその胸の中で吸い込んだ甘い香り。

琉は床に並べられたダンボールの箱を開け始めた。

「手伝います」

私は琉の隣で箱を一緒に開けた。

琉は「ありがとう」と言うと、箱の中身を確認しながら私に蔵書や文献の置き場所を指示していった。

「君は、ずっとこちらの大学で秘書をやっているそうだね」

蔵書を本棚に直している後ろで箱がカッターで開かれていく音がする。

「はい。こちらの大学を卒業後、お世話になった英文科の教授の秘書をやっていました」

「そうか。じゃベテランだな」

「ベテランてほどでも。たったの5年です」

5年と口に出すと、それ以上の言葉が出てこなくなった。

「5年か・・・」

琉は箱から出した書類を手にとりぱらぱらとめくった。

何を考えてるの?私のこと、少しも覚えてないの?







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