君の思いに届くまで
琉は、握っていた手をほどくと、足下に置いてあった自分のアタッシュケースを持ち上げた。

そして、僅かに小首を傾げ不思議そうな顔で私を見つめている。

目を大きく見開いたまま、何も答えず固まっている私を。

「君、じゃないのかな?僕の秘書を担当してくれるのは」

「い、いえ。英文科の秘書の瑞波ヨウです。よろしくお願いします」

自分の名前を言う時、少し語調が強くなる。

「瑞波、ヨウ、さん?」

琉は、私の目を見つめたまま静かにつぶやいた。

「はい」

私もその目をしっかり見つめ返す。

「そうか。こちらこそよろしく」

琉はにっこり微笑むと私に軽く会釈をした。


やっぱり。

覚えてないんだ。

「どうぞ、こちらです」

私は階段の方に右手を差し出した。

琉は穏やかに微笑み頷くと私の後ろから続いて階段を上ってくる。


琉の穏やかな目、口元。

少しはにかんだ穏やかな微笑み。

何1つ変わってないのに。

琉の中身が完全に別の人間に変わってしまった?

5年前。

あんなにも何もかも投げ出しても構わないくらいに、

狂おしいほど愛し合ったのに…。

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