瞬くたびに
連れて行かれたところは病院近くのカフェだった。

小ぢんまりとした店内へ入ると、一番端の席に向かい合って座る。

何か考えてこんでいるのか、要は黙ったままであったが、注文を取ったウェイターが店の奥へと入っていった途端、おもむろに口を開いた。

「この間はごめんね。俺もすっかり混乱してて。えーっと、鈴本さんだっけ?」

「はい、鈴本です。鈴本結々といいます」

「結々ちゃんか。俺は葵の友達で、遠野(とおの)要です」

こわばっていた結々の表情が少し緩む。どうやら悪い人ではなさそうだ。

「この間は、私も混乱していたので……こちらこそすみませんでした」

「結々ちゃんの名前は、葵から何回か聞いていたんだ。付き合うことになったって」

恋愛ごとに無口な彼だったから、結々は軽い驚きを覚えた。

葵はどんなふうに自分のことを話していたのだろうか。

と、ずっと気になっていたことを思い出して、結々は身を乗り出した。

「あの、藤宮先輩は記憶喪失なんですよね? なのにどうして、あの時遠野先輩のことは覚えていたんですか?」

そう、葵が事故で病院に運び込まれたあの日、葵は確かに要を名前で呼びかけていた。

そうすると彼は記憶のすべてを失ったわけではないのか。

要は少しの間を置いたあと、神妙な面持ちで話し始めた。

「葵は、逆行性健忘症と診断されたんだ」

「逆行性……」

「うん。事故から過去四年間の記憶が、すっぽりなくなっているらしい。あれから色々検査を受けたんだけど、脳には特に異常はなかったみたいだな。強い打撲でしばらく入院が必要だけど、命に別条はないって医者が言ってた」

「そうですか……でも、記憶が抜けるって……」

要は胸に重くたまった空気を吐き出すように、一つ息をついた。

「精神的なものだって、医者は言うんだ。脳に外傷はないから、時間がたてば記憶も回復するでしょうって」

「精神的……。四年間の記憶がないってことは、つまり、私のことも全部忘れちゃったんですよね……」

「ああ。その間の友達のことはもちろん、大学に入ったことすら覚えていない。あいつの中では、今は高校一年生の冬なんだよ」

「高校一年生……」

あまりのことに思考が付いていかない。
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