セルロイド・ラヴァ‘S
保科さんは、私が外ではカフェラテを飲むと言ったのを憶えていてくれたのか、今日はエスプレッソでカフェラテを淹れてくれた。クリーミーでほんのり甘苦で、でも後味はそんなに濃くなくて。とても美味しい。

「割りと口の中に残ったりするじゃないですか、珈琲の味って。それがあまり好きじゃないんですけど。保科さんが淹れてくれるのはすっきりしてるっていうか・・・、美味しいです本当に」

「そう言ってもらえて僕もすごく嬉しいです。コツっていうより加減ってだけなんですけどね」

にこりとされて。会社にも珈琲マシンがあることを話すと、仕事は何かを尋ねられた。

「えぇと不動産会社です。駅の向こう口のグランドエステートってご存知ですか?」

「知ってますよ。お店の構えも小さくはないですよね。僕がここに来た時にはもうあったんじゃないかな」

「私はまだ一年くらいで・・・。転職に合わせて引っ越してきたので、仕事も生活もようやく馴染んできた感じです」

細く笑んで見せる。

「ああ・・・そうだったんですね。じゃあ、こちらにはあまり知ってる人もいないですか?」

「あまりと言うより全く。地元に帰らないと誰もいないです」

少しおどけたように私は笑った。実家は同じ県内で、電車とバスを乗り継いでも1時間ぐらいの距離だ。

時々ラインのやり取りで『会おうよ』と誘ってくれる友人もいるけれど、離婚を報告したのは近しい友達だけで。仕事の関係で引っ越した、とそれを理由になかなか足も向かない。実家ですらお盆やお正月の長い休みぐらいしか帰らないのだから。

「でももう、僕と知り合ったから独りきりじゃないでしょう?」

ふわり、と。優しく向けられた微笑みは作られた気配が微塵も無くて。思わず言葉を忘れ保科さんを見つめてしまった。

この間も思ったけど本当に端正な顔立ち。綺麗とか魅惑的と言うんじゃなく。言葉を探す。自然の造形美。・・・みたいな。笑顔も声も仕草も流れるようにいつもナチュラル。引き込まれるように目を奪われてる。

でもこの人に他意はない、きっと。相手を褒めたり安らかな言葉をかけるのは、接客業の染みついた習性のようなもの。それでも『独りじゃない』ってワードはウィークポイントだったみたいで。いつもだったらもっと手前で受けきって返せるのに、突き抜けて間に合わなかった。

やっとのことで取り繕った笑みは彼の目にどう映っただろう。そんなお世辞を真に受けたような反応は滑稽に見えたかも知れない。 
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