セルロイド・ラヴァ‘S
「楽にして」

やんわりと微笑んだ保科さんは変わらない自然体で。ベストとネクタイを取り、シャツもボタン一つ外してラフなスタイルにしていた。私の緊張も少し解れた気がする。

お店のカウンターの内側には、隅にシェードで目隠しされた扉があった。その奥は彼の住まいだった。

通されたのは12帖ほどのリビングダイニング。壁が一面だけウォールシェルフが作り付けになっていて、テレビ台と一体化して雑誌やDVDなんかを見せディスプレイにしてあった。向かい合わせに白木のローテーブルと布張りの3人掛けソファ。窓際には背の高くて葉を広げた観葉植物の鉢が。余計なものは置いてない。でも全体のバランスとセンスがいい。

キッチンもカウンター式じゃないけれど、腰高のレンジボードとダイニングテーブルを使い、巧く空間を仕切っている。

「・・・保科さん、お部屋の使い方が上手ですね」

ソファの脇にバッグを置かせてもらい、見回しながら思わず感嘆して言う。

「そうかな。好きにしてるだけなんだけどね。不動産屋さんの睦月さんに褒められるのは嬉しいかな」

招かれて目につくのがそういうのって職業病ぽい。恥ずかしくなる。

「ごめんなさい、つい。私、家も好きなんですけど、インテリアとかガーデニングの方に興味が走っちゃうので。工夫されてる部屋とか見ると感心しちゃうんですよね」

ちょっと苦笑いで言い訳。

「いいよ好きなだけ鑑賞してて。その間に何か作るから。睦月さん好き嫌いは?」

「えぇと・・・すみません。案外、好き嫌い激しいんですけど・・・」

これは本当に申し訳ないって思う。元ダンナにも良く呆れられた、じゃあ何が食べられるんだ、って。小さくなってキッチンからこっちに向く保科さんを見やると。悪戯っぽく笑みが返った。

「そういう風に見えないところも可愛いけどね」

今のは不意打ち。心臓が倍に跳ね上がった。

歳上の余裕に翻弄されてる感じ。言葉遣いも崩されてて、距離感が詰まってる。

「じゃあ取りあえず苦手なもの全部訊いておこうか。言ってごらん?」

「えぇとですね・・・。椎茸とかタコとかイカとか、グリーンピースとか、それから後は・・・」

まだ幾つか挙げたのに保科さんは呆れもしない。顎の下に手をやって小首を傾げる風に。

「睦月の好き嫌いを攻略するのが楽しみになりそうかな」

クスリと笑う。
 
名前を呼び捨てにするのさえさり気ない。なんかもう。身構えてるのが無駄に思えて。心の中で私はお手上げの溜め息を吐き。苦笑いをそっと逃す。
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