セルロイド・ラヴァ‘S
買い物をひと通り終えて駐車場に戻り、彼のツーリングワゴン車に乗り込んだ時だった。私のバッグの中でスマホの着信音が響き、愁一さんに断って画面を見やる。羽鳥大介の表示に一瞬固まった。

「・・・どうかした?睦月」

「あ、いえ・・・っ」

今ここで出るべきか躊躇する。鳴り止まない電子音。意を決して応答した。とにかく羽鳥さんと話をしてからでないと愁一さんに説明のしようもない。

「はい吉井です」

『羽鳥です。いま大丈夫?ちなみに仕事の話じゃないから先に言っとく』

電話の向こうで羽鳥さんは明るく笑った。

仕事の話じゃないと言うことは。・・・しかもこのタイミング。運転席の愁一さんが気になって胃が引き攣りそうだ。  

「・・・えぇと、はい」

『吉井さん、明日って時間空いてる?』

「明日は・・・すみません、ちょっと予定が」

『そっか。良かったら飯でもどうかと思ったんだけど』

エンジンも掛かってない静かな車内。もしかしたら漏れてる声が愁一さんの耳にも届いてるかも知れない。居たたまれず助手席側の窓に少し体を傾け、視線も思い切り外へ逃す。

『夜ならどう?』

さすが営業マン、一度断ったぐらいじゃ引いてくれない。

どちらにしろ羽鳥さんと付き合うのは考えてないんだから。この際会ってきちんと断る方が誠実だ。私はお腹に力を込める。彼なら仕事に私情を挟むような卑怯な真似もしないだろう。

「・・・分かりました。夜でしたら」

『じゃあ7時にアパートまで迎えに行くよ。着いたら電話するから』

「はい。それじゃ・・・失礼します」

涼やかな口調だった彼に比べ、緊張と硬さが抜けなかった自分。通話が切れた途端に肩で大きく息を吐いた。

「・・・もしかしてこの間の彼かな。僕が見かけた」

ハンドルを切り車を発進させながら、愁一さんがこっちに横目を向けた。薄く笑みを乗せ、怒ってはいない。

「・・・はい。羽鳥さんて言って先月離婚したばかりで・・・。私も1年前に離婚してるので少し話をして、でもお付き合いするつもりは無かったのでそう言ったんですけど・・・。ごめんなさい、明日会ってちゃんと断ります」

俯き加減に自分の過去も明かして、羽鳥さんとの経緯(いきさつ)を隠さずに答えた。 
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