セルロイド・ラヴァ‘S
「どうぞ」

微笑と一緒に勧められたカウンター席のスツールに腰掛け、バッグを隣りのスツールに置かせてもらう。そっと見回しても他にお客は誰もいない。ジャズ・・・だろうか、耳障りにならない心地でBGMが流れていた。

カウンター席とテーブル席は4つほど。外の歩道に面した間口からしても、予想通りのこじんまりした空間だ。それでも天井までが吹き抜けになっていて、天窓もはめ込まれている。解放感があって窮屈な感じは少しもしないし、日中は上から日差しも差し込むだろう。

元々の木造家屋の太い梁をそのまま残し、そこからアンティーク調のペンダントライトが吊り下がってたり、窓際席の丸テーブルも椅子も品の良い猫足スタイル。柱や飾り棚、調度品などの木の温もりは全て濃い目の花梨色に統一されていて。白い漆喰塗りの壁やレトロガラスを使った小窓が、クラシカルな異国情緒を醸し出してる。ところどころの飾り棚にさり気なく置かれた、緑の観葉植物たちにも目が和んだ。

落ち着いた雰囲気で、印象としては男性の趣向というより女性らしい趣だと思う。目の前でサイフォンの珈琲を落としてくれてる彼にそぐわない。・・・って訳じゃないけど。頭の中で言葉を探す。『意外』・・・かしらね。
 
「・・・さっき、ずっと外に立ってらしたでしょう?ガラスに影が写ってて、もしかしたら雨宿りかなと思って。それでつい声を掛けてしまいました」

マスターは人懐こそうな笑みを浮かべ、丁寧な口調で私にそう言った。

「すみません、ちょうどスマホに着信があって。仕事の電話だったのでつい軒先をお借りしちゃいました」

申し訳なさそうに釈明。すると「いいえ」と微笑みが返される。

「次に雨に降られた時には遠慮せずどうぞ。気兼ねは全く要りませんから」

「あ、はい。・・・ありがとうございます」

笑み返しながら。

すごく柔らかく笑う人だなと思った。・・・何ていうか。上辺の愛想笑いとかじゃなく、ふわりと薫るような笑顔。男の人でこんな風に優しく笑う人に初めて会った気がする。
< 4 / 92 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop