セルロイド・ラヴァ‘S
まさかそんな風に言われるとは思いも寄らずに。実際に愁一さんに会って変化したというなら、吉と出るのか凶と出るのか。何も答えられず黙ったままの私に羽鳥さんは「勝つつもりで行くけど」と付け加えて、自信あり気に笑った。



それから愁一さんお手製のビーフシチューが運ばれて来て、テーブル席で3人で食事をして。この顔触れでっていうのがどうしても違和感しかなかったのだけれど。羽鳥さんも彼も、当たり障りのない会話を途切らせもせず空気は穏やかだった。したたかな男達のオトナの駆け引き。・・・見えない導火線。

食後の珈琲を前に、愁一さんが向かい合う羽鳥さんに「煙草は?」と訊ねた。

「一応喫茶店だからね、構わないよ?」

「じゃあ一本だけ。・・・いい?」

最後の問いは私にだ。頷いて見せると上着の内ポケットからボックスタイプの煙草を取り出して持っていたライターで火を点け、横を向いて細く紫煙を逃した。灰皿を置いてくれた愁一さんに短く礼を言い、指で軽く弾いて灰を落とす。

「吉井さんはタバコ苦手みたいだから、彼女の前じゃ吸わないんですけどね」

そう言えば思い当たる。

社内は禁煙で喫煙者は裏口の外で吸う決まりだ。そうしょっちゅう席を
外す訳でもないから、ヘビースモーカーじゃないのだろうとは思っていた。今まで一緒に食事をして吸ってるところは見たことがない。気遣ってもらっていたのだ。
 
「保科さんは止めたんですか?」

「今はたまにかな。友人と飲んだりすると貰って吸うぐらい」

「吸います?」

羽鳥さんが蓋を開いてボックスの底を叩き、器用に一本が飛び出る。愁一さんがこっちに目線を傾げたから「どうぞ」と笑んで。

「それなら一本だけ」

かざされたライターの火に顔を近付け、口許を隠すように指で挟んだ煙草を慣れた様子で吸い込んでは逃す仕草が。整った顔にあんまりに似合い過ぎてて格好良すぎで。羽鳥さんがいるのも忘れて見惚れてしまった。

「そんな顔で見つめられたら今すぐ抱きたくなっちゃうでしょう」

愁一さんが悪戯気味に横目でさらっと、ものすごい発言をしたのすら上の空で。遅れて気が付き、慌てて羽鳥さんを見やったら目が笑ってなかった。

そんな、お前が悪いみたいな顔されても・・・知りませんてば。地球の裏側まで突き抜けそうな溜め息を胸の内で深く漏らすだけの私。
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